変身 ページ10
ブーッ、ブーッ。
カウンターに置いていた仕事用スマホのバイブレーションが着信を知らせる。
心地よい時間もここで終了だ。
「ごめんなさい、仕事の連絡が来たので帰ります！」
「お釣りはいりません！」とカウンターに少し多めのお札を置き、ソクジンさんの返事を待たずに店を出た。
店脇の細い路地を小走りで進む。周りに完全に人の気配がしないことを確認してから、やっとスマホの画面に浮かぶ通話マークをタップした。
《あ！繋がった！もしもし、Helter:Skelterのハン・ジユさんですか？》
「……はい、ハンです。出るのが遅くなってごめんなさい」
《大丈夫ですよ〜！……それより、“密告”があるんです》
「……わかりました。では、“合言葉”をどうぞ」
《“リュアイオス”……ちなみに19時でもいいですか？》
「……承りました。大丈夫です。では、7番街のクラブでお待ちしています」
《わかりました！絶対来てくださいね！？》
電話口の相手の念押しに応えるように、私は画面の終話マークを押した。
ふう、と一息ついて“仕事の準備”をするために家路につく。
その最中、頭に浮かぶのは次の記事のネタ……ではなく、今日出会ってしまったチョン・ジョングクのことだった。
なんで急に優しくなったのか。
たとえソクジンさんから話を聞いていたとして、彼が私に優しくする義理はない。
いや、もしかしたらソクジンさんに「ハナちゃんはいつも仕事で傷ついているんだ！だから、もし出会った時は冷たく接しちゃダメだよ、ジョングガ！」って言われてた、とか……？
いやいや！出会うかもわからない人の注意なんてしないよね！
……だとしたら何がキッカケ！？
なんて考えていたら、自宅についていた。
そんな自分に驚いてしまう。今日は驚いてばかりだ。
だって、いつもだったら次の記事のことばかり考えていたから。
こんなことは、初めてだった。
「……さ、切り替え切り替え！今から私はゴシップライターのハン・ジユよ」
クローゼットからワンショルダーの黒いタイトワンピを引っ張り出す。普段なら絶対に着ないソレを身にまとう。
ついでに髪も緩く巻いてメイクもラメ追加して直せば、ゴシップ誌『Helter:Skelter』の記者、ハン・ジユの完成。
時計を見れば、針は18時30分をさしていた。
流石に相手を待たせるわけにはいかないので、貴重品とレコーダーが入ったクラッチバッグを抱え、指定したクラブへと向かった。
ーーー
※一部修正しました
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作者名：ゆりこ | 作成日時：2022年10月12日 12時
