夕暮れの教室にて ページ2
*
「……ぁ、」
教室に忘れ物した―――その事実に俺が気づいたのが数十分前。
とはいえ、部活が終わるまでは抜け出せないので部活が終わってから急いで校庭から教室に向かって走り出したのが数分前。
そして、部活後の運動で息を切らしながら入った教室で先客を認識したのが数秒前。
「……どうしたんですか?」
少し驚いたような表情を見せながら俺に話しかける彼女は紅羽楓。
今年初めて同じクラスになった、クラスメイトとは基本的に敬語で話す成績優秀な優等生。
「……忘れ物した。」
「……そうだったんですね。」
あまり話したことはないので、気まずい空気感を肌に感じる……だが、俺は同じクラスになる前から紅羽さんの事を知っていた。
放送委員会の裏ボス―――そんなことを言っていたのは誰だったか。
紅羽さんは放送委員会に所属していて、下校の放送と給食の放送で時々アナウンスをするのだが……それが他の放送委員よりもめちゃくちゃ上手い。
去年の体育祭でやった実況アナウンスなんか、先生達からの評判まで良かったとか。
そんな訳で、紅羽さんは綺麗な声で有名なのだ。
「紅羽さんは?」
「私も、忘れ物をしてしまって。奇遇……ですね。」
彼女が持っていたのは、よく見ると一冊のノートの様だった。
「そういえば、紅羽さんってよく休み時間にノートになんか書いてるよね。ちょっと見せてよ。」
「えっ……ご、ごめんなさい……それは……ちょっと……」
そう言って紅羽さんは目を伏せ、ノートを抱えた手に更に力を込めた。
親しくなりたい、という思いもあったのだが、まぁ無理もないか。
と、そんな事を考え……また漂い始めた気まずい空気を感じていると、廊下の方から声が聞こえた。
「楓ー!!さっさと来ないと置いてくよー!!」
「ごめんって、今行くから!!……あ、えっと、それじゃあ私、失礼しますね。また、明日……」
「お、おう、また明日。」
紅羽さんはノートを鞄にしまって俺に深くお辞儀をすると、急ぐように廊下に出て行った。
「……紅羽さん、が……」
『ごめんって!!今行くから!!』
砕けた言葉遣いで話す彼女の言葉を聞いたのは初めてだった。
てっきり丁寧な性格だから誰に対しても敬語なんだと思っていたが、そんなことはどうやら無い、らしい。
「俺も、いつか……」
あんな風に親しくなりたい、彼女の綺麗な声を近くで聞いていたい、なんて思ったのはどうしてだろうか。
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こちら水バイキングとなっております(プロフ) - かわいくてすきです (4月7日 14時) (レス) @page5 id: b9208aa7ea (このIDを非表示/違反報告)
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