5 ページ5
＊＊＊
午後5時のマックは空いていた。注文にも慣れているし、人も並んでいないから、すんなりとお目当てのアイスティーを買って中村のいる席に戻った。
中村は山積みにされた英語の教材を枕にして、シャーペンを持ったまま寝ていた。いわゆる寝落ちといったところだろう。私は中村が教材に涎を垂らさないかどうかだけを心配して、残っている数学の課題に手をつけた。
いつだか忘れたが、確か中学生くらいの時だったと思う。中村に英語の教材を貸したら、翌日涎で濡らしたものが帰ってきたことがある。何度も頭を下げられたが、そんなこと言っても元には戻らないから、と私は怒った。そりゃあ誰だって教科書に涎でも垂らされたら怒る。怒らないなんて仏どころかそれ以上だろう。
そのとき、中村は怒った私を見て、拗ねるでも泣き出すでもなく、すっと自分の教科書と私の教科書とを入れ替えた。ごめん、これで許して。それだけ言って。
眉毛を下げて申し訳なさそうにする中村に怒っているのもなんだか大人気なくなって、変えなくていいよって言っちゃったんだっけ、あのとき、私。
あー、懐かしいな、あの時から私たち、変わってないな……。
今のままの距離感が心地良くて、それでいい。
もっと近づこうとか、考えない方がいいんだ、きっと。
中村のスースーと鼻息を立てて寝る様子を見て、勝手にそんなことを考えていた。
「……さん」
中村が、もごもごと小さく口を動かした。だがコイツはまだ寝ている。寝言だとすぐに察した私は、後で中村をからかってやろうと、聞き耳を立てる。
「ユリサキさん……」
ユリサキ。初めて聞いた言葉だった。人の名前っぽいが、あまり聞かない響きだ、アニメのキャラかなんかだろうか。でもなんだか引っかかる。なんだろう、モヤモヤする。でもやっぱり中村のことだから、アニオタ中村のことだから、人の名前じゃなかろう。そうだ、中村から女子の名前なんて、出るはずがない＿＿
自問自答を繰り返して無理矢理完結して、あとは極力気に留めないようにした。後でいじってやろうと思っていたが、やめた。繊細な飴細工のように、触れたら何かが壊れてしまう言葉のような気がした。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 152人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「K-POP」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
みんと！(プロフ) - みなさん» ありがとうございます！ゆるゆる更新ですがこれからもよろしくお願いします(^^)/ (2020年1月25日 18時) (
レス) id: 7e6a863990 (このIDを非表示/違反報告)
みな - とても面白いです！続きがすごく楽しみです！ (2020年1月24日 20時) (レス) id: e69f153f16 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：みんと！ | 作成日時：2020年1月24日 13時
