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『見えそうなのです……っ、もう少しで……！』
そう言って苦しんでいたAさんが離れない。思い出すことが彼女にとって苦しい事なら、俺はどうすれば良い……？
彼女の苦しそうな姿を見ていたら心が痛んで、沢山の人から頼まれた気持ちが小さく鳴っていく。
「氷浦君」
「！ ……野坂」
後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには野坂が立っていた。
「何の用だ」
「……君は気づいているだろうけど、あの子はまた記憶を失った。必要最低限の情報を残してね」
やっぱり
野坂の言葉を受けて一番に浮かんだ言葉だった。
以前、学校へ突然現れた時に含みのある言い方をしていたからまさか……とは思っていた。その話を受けてもう一度Aさんと話した試合前、確信に近い気持ちになった。
そして今、答え合わせが完了したという所か。……Aさんにそんな酷い事をしているのは、先程彼女を呼び出したオーナーなのだろうか。
「だけど、君とのやり取りを見ているとそうでもないって思えてくるんだ」
「……え？」
「例え記憶を失っても、君という存在は確かに彼女へ影響を及ぼしていた。だから忘れてしまっても君という存在を意識するのさ」
俺には野坂が今言った事がこのようにしか受け取れなかった。
”まだAさんは俺を忘れていない”
「でも、無理矢理思い出させようとするのは感心しない」
「……俺はそんなつもりで話した訳じゃない。それに、あんなに苦しむなんて思わなかったんだ」
俺の言葉は彼女に影響を与えていた。
酷い話だけど、あんなにも反応していたってことは彼女の中にまだ俺との記憶が残っている証拠のように感じるんだよ……！
「……君が何を思ってこの試合に臨み、そしてAと関わってくるのかは知らない。こちら側の事情に足を踏み入れないことだ」
「だったらどうしてあの時、お前はあんな顔をしていたんだ」
「あんな顔……？」
「帰り際のお前の顔……俺には『勝ってほしい』って言ってるように見えたんだ」
「！」
俺の言葉に目を見開く野坂。
……その反応、図星だって捉えるぞ。
「君には関係のないことだ」
そう言って俺の横を通り過ぎた野坂。振り返ってその背中を見ると、野坂はAさんが向かって行った方へと歩いて行った。
……まさか、Aさんと同じ所へ行くのか？
何度か話に訊いたオーナーという人物の元へ。
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作者名：恵野 | 作成日時：2022年8月11日 13時
