言の葉NOTE (ページ10)

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夜桜とビール▽川西賢志郎ページ10

*

花の金曜日。重たい足をひきずって歩く
女ひとり。

ああ今日も働いたなあ。
ぱんぱんに浮腫んだ足を何とか動かして
帰路につく。

4月。ピカピカの新入社員の教育係に任じられ
そっちに手を取られてしまうが故に
自分の仕事が溜まっていく。
彼等が仕事に慣れてくれるまでは
仕方ないと諦めた。

そんなこんなで、退社後飲みに行く気力もなく
帰宅途中のコンビニでビールでも買って
帰ろうと行きつけのお店に入った。

ビール6缶におつまみと甘いもの。
早く帰ってお笑い番組を見ながら
ビールを飲んで大笑いして眠るんだ。

会計を済ませて外に出る。
流石にビール6缶は重かったか....。

「あのぉ....」

不意に声をかけられて、驚いて凄い勢いで振り向いてしまった。

『ええっ、こ、こんばんは。
　お住まいこの辺なんですか？』

前に数合わせで参加した合コンで一緒だった
彼が立っている。
連絡先も交換せずもう会うこともないと
思っていたのになんて偶然。
え、なんでわたしなんかに声かけたんだろ。

「そうなんですよ。
　今まで会ったことなかったのに
　えらい偶然があるもんですね」

『ほんとですね』

そう返事をして立ち去ろうと思ったら

「あの、不躾なんですが少しお時間
　ありますか？」

**

『うわあ、この公園満開じゃないですか』

夜だから声は落とし気味に
だけど興奮は隠せない。

「ボクも今さっき帰ってくる途中で
　気づいたんですよ」

公園のベンチに並んで腰かけた。

ちょうど目の前には満開の桜。
闇の中に淡く浮かび上がる白い花びら。
普通の公園だからライトアップされてる
訳じゃないのに
そこだけがぼんやりと明るい。

桜から放たれる光と頼りない街灯の下で
缶ビールをあけた。

控えめに缶を合わせる。

「『お疲れ様です』」

『こんな所でお花見できるなんて
　思ってなかったです。
　いつも駅に行くときに通ってた筈なのに
　満開になってるなんて気づきませんでした』

「最近、気温が上がったから一気に
　咲いたんじゃないですかね」

そう言って彼は喉をならした。
わたしも負けじと口をつけた。

空っぽな胃の中に、アルコールが落ちていく。
強い炭酸の喉ごしが気持ちいい。
ヤバ、すぐまわっちゃいそう。

お互い二度目ましてで若干の緊張も
あったけれどお酒がすすむにつれて
くだけた雰囲気になっていった。

『でも分かります。
　こんな綺麗な桜を目の前にしたら
　誰かと一緒に飲みたくなりますよね』

*