＊ ページ38
……
自分から別れを告げた癖に、ずっと泣いていた。
ベランダで見える東京タワーを見るたびに涙がでた。
別れた勢いに任せて、スマホの番号も何もかも換えて
連絡を断った。
今、考えれば良かったと思う。
別れるからには二度と戻れないようにしたかった。
せっかく届いたその手を、私は離したから。自分の意思で。
普段の生活に、貴方がふわりと入ってきても
動揺しないようになりたかった。
まだまだ···、だけど。
**
「なに、笑ってんの？」
『ん。まだ私の中から出ていってくれないなあって思って』
「そんだけ、好きだったんでしょ？」
『そだね』
「未練はないの？」
『未練は残さないように断ったつもり。強引だったけど』
「そこ、スゴいと思う」
マミちゃんは先に部屋に入った。
夜空を見上げる。
私が唯一知ってる冬の星座があった。
小さい頃、従姉妹のお姉さんから借りた漫画。
星の欠片を拾った男女が大人になって出会って結ばれるお話。
ずっと憧れてた。そんな夢みたいな恋。
でも、もう憧れない。だって結ばれるのがゴールではない。
そこからも、道はずっと続いていくから。
**
暖かい部屋に戻った。
マミちゃんがよそってくれた、お鍋の肉や野菜が入ったお皿が
自分の前に置かれた。寒かったでしょって笑って。
暖かいお出汁を一口体に入れたら
じんわりとぬくもりが身体中に広がった。
私の、血や肉になるもの。
新しいビールも取ってくれた。大サービスよって言って。
あの頃渦巻いていた黒い感情
苦しさ、悲しさ、悔しさ、寂しさ、愛しさも
全部一緒に噛み砕いて、咀嚼して、ビールで流し込んだ。
「ここからはさ、新しい恋じゃない？」
『マミちゃんの彼氏さんさあ、ちょっと小肥りの』
「小肥りって言わないで、ぽっちゃりって言ってよ」
『あははは、ごめんごめん。弟さん、いなかった？』
「いる」
『どんな人？』
「うーん。多分モテると思う。···でも、嫌いなのよね」
『へ？弟さんを？』
「うん。彼の弟」
『え？弟なのに？』
「うん。弟なのに····このくだり、いつまでやる？」
『あははは。そうなんだ。めずらし』
ふたりでたくさん笑って夜は更けていった。
ホントはまだ、耳の奥に貴方の声が残っている。
ーA
私を呼ぶ、低くてかすれ気味の、貴方の声。
私の声は、まだ貴方に残ってる？
残っていても、いなくても。
もう私は前を向いて進むだけだと強く想った。
Fin.
……
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作者名：優朱 | 作成日時：2020年12月8日 21時
