交差する光と闇2 ページ44
「黙れっ!王を侮辱する事は許さぬ!!」
恐ろしくも甘い誘惑を振り切り、ホメロスは剣の柄に手をかけた。
“ククク…まあよい。時間は十分にあるのだからな。ホメロスよ、その明晰な頭で考えるがよい。このままデルカダール王の元でグレイグの影として生きるか”
「なっ!」
最も逆なでする言葉を言われ、憤りに顔を歪めたホメロスであったが、声はすぐに二の句を継いだ。
“私の元でその力を大いに役立てるか、好きな方を選ぶのだな。私の名はウルノーガ”
「ウルノーガ…あんな邪悪な者に仕える、だと?馬鹿な……!」
魔の誘惑を振り払う様に首を振ると、それを嘲笑うかのごとく、ウルノーガの声がホメロスの脳内に響いた。
“ククク…意固地な事だな。揺らぎながらも拒絶するとは流石だ。―――ますます気に入ったぞ”
「黙れっ!貴様こそ、王の身体から出ていけっ!」
“そうは行かぬ。勇者、いや悪魔の子が現れるまで我にはこの憑代(よりしろ)が必要なのだから。そしてホメロス、そなたの手腕もな”
「この…っ」
嘲られているとも、慈悲を向けられているとも感じる声に向かい、ホメロスが剣を抜こうとしたその時。
「ホメロス」
「っ!?」
あどけない少女の声がホメロスを呼んだ。
途端にウルノーガの禍々しい声も気配も、先ほどまで漂っていたのが嘘の様に消えてしまう。
同時にホメロスの中に渦巻いていたどろどろとした何かも。
「A?」
ホメロスは少女の名を呼び返した。
Aは、ホメロスからマルティナの死を聞かされて以来、ずっと泣き臥せっていた。
寝る間も惜しんで勤しんでいた、グレイグの剣の修業も、ホメロスの呪文の訓練や歴史などの勉学も全く手に着かず自室に引きこもっていたのだ。
久しぶりに見た弟子の顔は、食事もろくに摂っていなかったのだろう、随分とやつれており、顔色も良くない。
だがそれに反し、目に宿る光は強い意思をたたえている。
憔悴しきった少女の華奢な身体から感じられる、何かを決意した様な強い気配。
それはひどく儚く、それでいてひどく危険に思えた。
だがホメロスは、それを純粋に美しいと感じた。
幼い少女ゆえに、無論恋愛対象ではないが。
Aの美しさは、一筋の光となってホメロスの心の中に差し込んだ。
今自分に注がれている陽の光など霞んでしまう程の強さで。
Aから目を放せないまま、ホメロスは口を開いた。
「もう、大丈夫なのか?」
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作者名:遠山すずか | 作成日時:2018年10月31日 10時