ディナーデート5 ページ36
「お前も舌は肥やしておけ。マルティナ姫の侍女としての義務だ」
「…はい」
生真面目に返事をするAに、ホメロスはふっと表情を和らげて言った。
「だが、今日はお前とのデートが最大の目的だ。あまり固く考えずに楽しんで行け。まずは乾杯するのはどうだ？」
「うん！」
紅いワインの入ったグラスを、顔の位置まで掲げる。
「乾杯」
軽く一口飲むと、深い葡萄の味が口内に広がった。
決して酒に強くないAにも口当たりがいい。
「このワイン美味しい！」
「そうだろう。お前の口にも合いそうなものを見繕ったからな」
甘い表情で甘い言葉を紡がれ、赤面しながらどうにか答えたら、何とも素気のないものになってしまった。
「色々有難う」
それからスープ、サラダと口直しを挟んでメインディッシュの魚料理や肉料理に舌鼓を打ち、コース料理も終盤に差し掛かった。
「クリスマス仕様のデザートになります」
給仕の言葉通り、クリスマスに相応しい飾りが施されたケーキとフルーツが運ばれてきた。
Aは早速食べ始めてその味を堪能したが、ホメロスはフォークを弄ぶだけで口に運ぶ様子がない。
その表情には見覚えがあった。
幼い頃に、クリスマスは嫌いなのかと問うた時の表情と同じだと思い当たったAは、再び訊いてみた。
「やっぱり、今もクリスマスは嫌いなの？」
「……」
ホメロスの切れ長の目が見開かれ、やがて沈む様に視線を落とした。
「ああ、そうだな。私にとっては苦い記憶しかない」
どうして、と訊く前にホメロスはその理由を短く、一言でそう語った。
掘り下げて訊いてよいものかどうか考えていると、ホメロスは続きを話し始めた。
「私の家は代々続く名家だった。だが私が幼い頃領地の不作が続いていた。お陰で土地を次々と手放さなければならなくなり、やがて使用人も長年仕えてくれた者を除いてはいなくなってしまった。そして私が10の歳に及ばぬ頃、父と母が相次いで亡くなった。後から亡くなった母の命日が―――クリスマスだったのだ」
「……」
貴族が没落する原因は、大きく分けて２つある。
１つは土地を失う事、もう１つは役職を長年に渡って得る事が出来ない場合だ。
「そんな中、他の屋敷や城下町では浮かれた雰囲気が、孤独に打ちひしがれていた私に突き刺さって来た。まるでクリスマスは楽しくあらねばならない日、と言わんばかりの空気が、たまらなく嫌だった」
クリスマスは誰もが楽しくありたい日だ。
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作者名：遠山すずか | 作成日時：2018年10月31日 10時
