彼と首飾り3 ページ40
やがてその激務にも慣れ、その忙しさが楽しくなってきたくらいの頃、ホメロスから声をかけられた。
「A、今日の務めは終わりか？」
「ええ、仕上げにこの資料を貴方に届けるところだったの！」
「そうか、では預かろう」
Aの手から資料を受け取ると、ホメロスは問うた。
「お前、この後時間はあるか？」
「うん、大丈夫だけど」
「そうか、なら付き合え」
私服に着替えて、特定の場所で待ち合わせた、同じく私服姿のホメロスと並んで歩き出す。
陽は沈みかけ、人通りはまばらだった。
ホメロスに連れられるまま辿り着いたのは、今の様に誘われでもしなければ決して足を運ぶ事のない、高価な宝石店だった。
「いらっしゃいませ。これはホメロス様、よくいらっしゃいました」
品の良い、初老の女の店主が優雅に挨拶をした。
「女物の首飾りを頼みたいのだが」
「かしこまりました。身に着けるのはそちらの方ですか？」
「え？」
Aは思わず辺りを見回した。
店内には今、店主とホメロス、そしてA以外誰もいない。
どうやらそちらの方と言うのはAを指しているのに間違いない様だ。
「ああ、似合うものを見繕ってやってくれ」
「かしこまりました。ではこちらへ」
「あ…はい」
店主に促されるまま奥の部屋に通された。
ホメロスも一緒だから、そんなに心配する事はないだろうけれど。
部屋の中央に設置されたテーブルの椅子にホメロスと並んで腰かけていると、やがて店主が１冊の書物を持って向かいに腰かけた。
開かれた本は宝石の資料で、様々な色と形の石が描かれている。
「いかがでしょう？そちらのアクアマリンはソルティコ地方でもごくまれにしか取れないもので、こちらのルビーは…」
店主は品を損なわないながらも、どこかはしゃいだ様にAに宝石を紹介する。
商売としてだけではなく、心から宝石が好きである事が伝わって来た。
どれもきれいだとAは思ったが、知識として名称が全てわかっただけで、どれが一番いいのかなんて見当もつかない。
「えと…どれも素敵なんですが、一番いいのはと聞かれますと迷ってしまいますね」
店主の言葉が途切れたのを見計らい、無難な言葉を選んで答える。
店主はそれに気を悪くした様子はなく、Aをじっと見つめて言った。
「そうですわね、お客様は肌が白くて綺麗なので、それを引き立たせる色がよろしいんじゃないかしら？だとすると…」
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作者名：遠山すずか | 作成日時：2018年10月31日 10時
