あなたと彼の短編集 (ページ29)

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下唇は美味 KH ページ29

あぁ、食べたい、すごく。

その、上唇に比べて少し厚めの、かと言ってタラコとまではいかない唇。

パクッといきたい、今日も。

｢…なに？｣

邪念を感じ取られたのか、物凄く怪訝な表情で見られた。

｢あ…っと、ね？ほら、うん｣

｢何？誤魔化すの下手過ぎ｣

俺の余りにもひどいしどろもどろ加減に怪訝な表情はなりを潜め、今度は笑い始めたA。

あ、口角が上がる事によって薄さが半減、でもそれもまた色気があっていい、うん、実に理想的な形だ。

つまりは、何でもいい。
どうでもいいの意味ではなく、何をしてても良い、のいい。

｢…何、今度は、な、なに？ちょっ｣

｢…｣

｢ね、何か言ったら？ちょっと｣

話す度に形を変えるその唇、主に下唇に吸い寄せられるようにただただ詰め寄る俺の耳にAの声は届かない。

｢ね、近いっ…っ！｣

パクっ

自らの唇を通して伝わったその柔らかい感触でやっと我に返ると、Aの顔がすぐそこにあった。

｢あ…｣

｢…｣

自分の行動に驚いて声を出すと、離れた唇に名残惜しさを感じる。

顔を真っ赤にさせ固まったままこちらを見ているAの表情は今にも泣き出しそうだ。

｢ね、ここ、もっと食べていい？｣

俺の問いかけにAが何か言おうと口を動かすより早く、後頭部を引き寄せ、唇で挟むようにAの唇を角度を変えて何度も何度も啄む。

初めのうちは抵抗していたがじっくりゆっくりその柔らかさを堪能、結局Aが腰砕けになるまで美味しくいただいた。