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先輩のお客さんが帰ったら、迷惑にならないうちにスムーズに出て行こうって。
荷物をまとめるために、玄関に近い洗面所で歯ブラシを回収して先輩のワックスとかシェイバーとかを綺麗に並べ直していたら、聞き覚えのある声がした。
声というかしゃべり方。
ジョンウは息継ぎをする間もないくらい次から次へと喋るから。少し聞こえる2人の会話のテンポから、訪ね人はジョンウかもしれないって思った。
「Aちゃんバイバイまた明日ね」
次の日会おうが会わまいが、別れ際のジョンウのこの定型文は沈みかけの夕陽とセットのことが多かった。
もしかして、と思って覗いた玄関に立っていたのはやっぱりジョンウだった。相変わらず、言ってることはよく分からなかったけど思わず条件反射みたいに手を振り返した。ジョンウは満足げに笑って、まるで今わたしたちの間にいざこざなんてない、みたいな。
…本当にいざこざしてるのかな。
どうしてジョンウはここが分かったんだろう。
待ち合わせのアプリはジャニ先輩がとっくの前に消してしまったし、消す前にここを訪れることはなかったはず。先輩の家をジョンウに知られないためにアプリを消したんだから。
先輩のでこぼこな体にキツく抱きしめられながらそんなことを考えていた。
「A、いつから聞いてた？」
「ジョンウが、もう、ここには来ない、ってあたり、から」
鼻が潰れる勢いで抱きしめられて、喋るのが苦しい。答えると、先輩がさらに体に力を込めたのが分かった。
「せんぱ、あの、くるしくて、ね
ジョンウは、いつからここに来、ッ…？」
素直に苦しいと伝えたら、すぐに解放された。
背中あたりに巻き付けられていた腕を離して、わたしの肩に手をあてた。ゆっくり先輩の顔が降りてきて、…どうしてわたしは今、先輩とキスをしているんだろう。
唇をあわせるだけの、長いキス。
家中のものが全て活動を停止したみたいに静かで、永遠に続くかと思った。
角度を変えようと唇が離れた瞬間に、少し息を吸った。
「い゛ッ…」
それでも息が苦しくなってきたころ、わたしの下唇を噛んで、先輩の唇が離れた。
「どうして…」
少し濡れた唇を舌なめずりした先輩の潤んだ瞳と目が合う。
わたしも同じような表情をしてるのかな。
海みたいに深い…
「A、好きだよ
お願いだから俺のもとを離れないで」
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作者名：mawol | 作成日時：2022年9月2日 19時
