音 - 5 ページ10
「そんなのは世間一般的な正義論じゃないか。本当は死にたいんでしょう? 僕はこうやって世の中を悲観したり懐疑している、お姉さんみたいな人間を始末する仕事をしてるんだ。機械的な仕事は機械的な人間にやらせないと効率が悪いから。」
彼の言い分は非情だが筋が通っていた。型にはまらない人間を始末する。不良品は処分する。それだけのことなのに無性に腹が立った。
「僕はお姉さんの音楽への情熱、要するに叶えられない夢を全て死への渇望に変えてあげただけなんだ。コンクリートジャングルで叶わない希望を抱き続けるなんて、それこそ生き地獄だ。死ぬより辛いでしょう。可哀想で仕方がないよ。お姉さんの夢は叶わないんだよ。諦めてくれないかな。」
少年は笑いながらそう言うと私の手を取って、デッキの淵、低い柵の向こうの死を指さした。ほら、早く飛び降りなよ。心配しないで。お姉さんの代わりは僕が務めてあげる。私の手を掴んでいたのは紛れもない私だった。大丈夫。お姉さんは天国で音楽を楽しんでればいいと思うよ。その言葉に背中を押されて、私は低い柵を飛び越えた。
意識があった。
私は元通りデッキの上に居た。死んでいなかった。急いで崖の下を見下ろすと、銀色に光る何かが落ちていた。目を凝らすと、それは私のフルートだった。なんてことだ。どうしよう。悲しいはずなのに、何も湧きあがらない。フルートと共に、音楽に対する情熱が死んだような、そんな感覚だった。死んだのは情熱を持った輝いた私であって、残った私は木偶のような、サイズのぴったり合った社会の歯車だった。灰色に飲まれ、量産型に成り下がったのは私であった。
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作者名:舞桜 | 作成日時:2018年6月8日 17時