真っ直ぐに恋【煉獄杏寿郎】

57.酒癖 ページ8

「A様、申し訳ございません。まだ時期が早いので、藤の花の匂袋は何処にも売っていませんでした」

夕方、ハルちゃんが頼んでくれたお使いを果たせなかった使用人が私の元へ謝りに来た。

「そうですか。…仕方ない事ですから気にしないで。わざわざありがとう」


「失礼しました」と部屋から出ていった彼女を見送って、ため息をつく。

もうすぐ夜が来る。

大丈夫、きっと大丈夫。
今までだって大丈夫だったんだから。

とはいえ、自分が稀血だと知ったあの日、煉獄さんが助けに来てくれるまでとても怖かった。


こんなに不安な夜は初めてだった。

匂袋が売っていないのだとしたら、手に入れられる手段は限られている。

何処にあるかも分からない藤の花の家紋を掲げた家を見付けるのは難しいかもしれない。

かといって、実家に取りに行くことを許してもらえるかしら………

とりあえず、お義父さんに外出の許可は取ってある。

一応、婚約者だから肇さんにも外出することを話しておかないと。


肇さんが帰って来たら伝えようと決めて、私は明日出掛ける準備を済ませた。

けれど、いつもなら帰ってくる時間になっても彼は帰ってこない。

今日に限って…と思いながらそわそわしていると、二時間後に帰って来た。


玄関に行くと、ふらふらした足取りの彼がそこにいた。

「肇さん？」

傍まで寄るとお酒の匂いが鼻を付く。

「外で呑んで来たんですか？」

「あぁ」

履き物を脱ぐなり、彼が私に抱き付いてくる。

首もとに顔を埋めてきたかと思うと、いつかと同じように項の辺りをすんすんと嗅いでくる。

「う…！」

そうだ、この人は初めて会った時もお酒を呑んで酔っていた。

彼は酒癖が悪いようだ。

「は、肇さん、とりあえず上がりましょう？お水を呑んだ方がいいわ」

「……要らない！」

ぐっと彼の体重がのし掛かってくる。


重い……

もしかして眠ってしまった？


「肇さん、起きて！」

「起きてる…」

そんな返事にホッとして声をかける。

「とりあえず、お部屋に行きましょう」

身を捩って体制を変えた。

微睡んだような顔の彼を支えて何とか立ち上がる。

足元の覚束ない肇さんを連れて彼の部屋へ行く。

畳の上に座らせて、押し入れから取り出した布団を敷いた。


「肇さん、風邪引きますから、ちゃんとお布団で寝てくださいね」

声をかけると「あぁ」と返事が返ってくる。


「それと私、明日外出します」

また「あぁ」と返事したのを見届けて部屋を出た。

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