ミステリートレイン3 ページ10
「スーツケース思ったよりも重たくて。運ぶの手伝ってもらえない?」
スマホから聞こえてくる声は、有希子さんのものだった。返事も聞かずに一方的に場所を告げると電話を切るあたり、さすが有希子さん。
沖矢さんは時計に目をやる。有希子さんが列車に乗り遅れるわけにはいかない。
「私、今なら列車から降りられるけど?」
そもそも、本当に今日ここに来る気なんてなかったのだ。
それなのに怒られるとか理不尽なんだけど。
急遽、妃先生の家に泊まることになり、着替えなど持ち合わせていなかった私は、妃先生の家に置いてあった蘭ちゃんの服を借りている。
普段より明らかに服の色は明るいし、スカートの丈は短い。
『あら、髪が長いからこうやって後ろから見ると蘭そっくり』って妃先生が笑うレベルだ。
25歳の私が、後ろ姿だけとはいえ、女子高生にそっくりって言われても申し訳ないやら恥ずかしいやらで……。
それもまあ、私が一早く列車に乗り込んだ理由の1つではある。
「いや、具合の悪そうな君を一人で置いていくわけにはいかないし、俺が降りるわけにもいかない。何も知らない君に八つ当たりして悪かった。
有希子さんに言うべきだったな。
君のことは俺が守るから安心してここにいて――話はあとで」
絶対に列車から降りるな、と言い残して沖矢さんは部屋から出て行った。
そういえば、目的地までって時間どのくらいなんだろう。目的地が分からないと時間も推理できないのか……。
目的地までは止まらないとは聞いている。
こんなことなら目的地を聞いておけばよかった。
大量に飲んだ水と薬が効いたらしく、頭痛はだいぶ引いてきた。お手洗いに行っておこうと私は、念のため沖矢さんにメールだけ打って、部屋を後にした。
「計画通りによろしくね、バーボン」
「ええ、抜かりはありません」
お手洗いから出ようと扉を薄く開けた瞬間、不意に耳にそんな声が飛び込んできてドキッとして動きを止めた。
艶のある女性の声と――、聞き覚えのある男性の声。
――困ったな。私は降谷零の声を聴き間違えたりはしない――
脳裏に意味ありげな顔でバーボンを眺めていた零の表情が、浮かんでは消えた。
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作者名:まつり | 作成日時:2022年11月25日 12時