恋人との距離感2 ページ8
私が電話を切るまで動く気配のない、目の前の沖矢さんをスルーして帰ることなんてできそうにない。
「沖矢さん、こんばんは。もうすっかり元気なようで何よりです」
言葉をかければ、まるであいさつ代わりみたいに手を差し出されるので、そうね、会社前だし、キスよりは握手の方がましかと思い、私は手を差し出す。
『沖矢さん』がどういう設定でどういう性格なのかいまひとつ把握できてないけれど、仮に『赤井さん』そのままだったら「ほお、握手が嫌ってことはキスの方がいいんだな?」という、およそ私には理解できない都合の良い解釈をしたうえ即実践に及ぶから、油断ならない。
今日も沖矢さんの方が手は温かいが、熱を感じるほどではなかった。
「ええ、あなたのおかげで。ですからお礼に夕食でもいかがですか?」
どうしても私に食事を食べさせるところから入らないと気が済まないみたい。
そういえば、シュウと付き合い始める前はずっとこんな感じだったよね。なんだか懐かしいけど、まさかゆくゆく、同じ展開になるわけじゃない……と思いたい……。
取引先の人には手を出さない設定、採用してくれるつもりなんだよね?
シュウに対して、思ったことを何でも聞いていいのはわかっているけれど、変装している人に公の場で真意を聞くわけにはいかないし、そうそう簡単に何度も工藤邸に出向けるわけでもないのでもどかしい。
「ありがとうございます。では遠慮なくいただきます。お店は私が選びましょうか?」
沖矢さんは『赤井さん』とは違い、一応公の場では喫煙しないので、入れる店が増えるのだけは嬉しかった。
ただ、彼との距離感をどう保てばいいのか、いまだによくわからない。
「一応確認なんですけど、私たち、ただの取引先の人っていう距離感であってますよね?」と、問えば「見てのとおり、あなたのことを本気で口説いているんですが駄目ですか?」と首を傾げるから、手に負えない。ダメなのは自分が一番心得ているのでは?
「異国の恋人が怒ります」といえば、「そうですか? 頼りになるのは、遠くの恋人より近くの友人ですよ」と、屈託なく笑ってみせるのだった。
だったら一日でも早く降谷零にその正体を明かして私を楽にしてもらえませんか?
ってお願いしたいけれど、実際問題一歩ずつだよね。
これで近々組織にシュウの生存がバレて動きがあれば、それは零がシュウの味方ではないという証になるし。それを見極めなければ先へは進めない。
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作者名:まつり | 作成日時:2022年11月8日 10時