Happy Days12 ページ41
「上から降ってくるな、邪魔」――テノールの声が冷たく響く。
幸いにも私が突き落としたはずの男は、ほんの数歩後ろで誰かに背を持たれて平気だったらしい。腰を抜かしたのかへらへらと階段脇へとしゃがみ込む。
その後ろから現れたのは――暗闇の中でもひときわ目立つ金の髪を持つ零だった。
「待たせてごめん。僕がここまで迎えに来るべきだった」零はさっきの声とは全く別人みたいにとても優しい声音で、周りに誰もいないかのようにそう囁いて、私の手を自分の左手でつかんだ。
「――お前、ふざけんな――っ」
私の前方に居たもう一人の男が逆上して零につかみかかろうとするのを、右手だけで止め長い足を前方に振り上げて、男を蹴り倒した。階段から転がり落ちずにしゃがみ込んだも多分零の手腕。
あまりにも華麗で俊敏な動きで暴力行為とは程遠い物にも見えて、私の目がついていかないほどだった。
そうして、後ろに居た男が唖然としているのを確認すると零はまるで何事もなかったかのように、私をエスコートして階段下へと降りていく。
「下で待っていたら、受付の子が教えてくれた。後は大丈夫って言ってあるから、明日にでもお礼を言うといい」
零は手品の種明かしでもするかのようにそう言うと、緊張感が解けて震える私の頭を撫でそう遠くはない駐車場に停めてある自分の車まで連れて行ってくれた。
「遅くなってごめん。確かに君から片時も目を離さない赤井が正解だ」
待って待って、それは違う。考え直して?
「違うの、普段はこんな風に絡まれたりしないし、ねえ、今日は偶然――っ」
「そうだな、君は偶然銀行強盗に遭うし、偶然ナンパされて怖い目にもあう。過剰なほどの送迎がお似合いのお姫様と言うことだけはよくわかった」
――違うよ?全然。それはもはや、発想が赤井秀一寄り。零じゃないと思う。
違うのに――。あまりにも怖かったから手が震えていて、私は零の手から自分の手が離せない。
「わかってる。君はよく頑張ったし全然悪くない」
怒ってないし責めてもいない、怖い思いをさせて悪かったと、零は優しく囁くと、震える私の手に、頬に、何度も何度も宥めるようなキスをして、巣食った不安と緊張を溶かしていった。
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まつり(プロフ) - さいさん» ありがとうございます!嬉しいです。 (6月4日 17時) (レス) id: 6a01f04095 (このIDを非表示/違反報告)
さい - めちゃくちゃおもしろいです!シリーズの最初から一気に読んじゃいました!この作品大好きです! (6月4日 17時) (レス) id: abd64666f3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まつり | 作成日時:2022年9月12日 15時