lost3 ページ18
彼の病室はそれほど遠くはなかった。
トントン、と、扉をノックする。
『ジェイムズだ』という言葉に
『どうぞ』と応えた声は、耳に馴染んだ秀一さんのもので、私は心底ほっとした。
ジェイムズさんは私よりも先に、病室に顔を出す。
『赤井君、起きていたんだね。
君に会いたいという人がいて、連れてきたんだ。
江戸川Aさん、覚えているだろう?』
その、噛んで含んだような言い方に不安を覚えながらも、車いすを移動させる。
ベッドの上に座っていた秀一さんと目が合った。
顔色はそれほど良くないが、思ったよりは元気そうでほっとした。
『シュウ――』
『Could you speak English?(英語話せる?)』
私の言葉を遮り、彼はひどく戸惑った顔で、まるで初対面の人に声をかけるようにそう聞いてきた。
『Yes but only a bit.(少しだけなら)』
今すぐ逃げだしたい気持ちだったが、車いすをそう簡単に移動できない。
「そうか、だったら日本語で構わん」
彼の口調もまなざしも、これまで私に向けられていたものとはまるで違う。
「――どうした、何故泣く?」
秀一さんはひどく困った顔で私を見つめた。私は慌てて涙をぬぐう。
「あの――沖矢昴になれるんですよね?」
「どうして君がそれを……?」
困惑、というよりは警戒――。
緑の瞳はみるみるうちに、敵にでも向けるような険しい色合いを帯びていく。
「困惑させてごめんなさい。
それを覚えているならいいんです。
私のことなんて、どうでも。
私、沖矢昴の変装をあなたに施すことができるんで、困ったらいつでも声をかけてくださいね。
あなたが無事でよかった。早く元気になってくださいね」
とてもゆっくり話せそうになかったので一息で喋ると車いすを後ろに回した。
彼は女性の涙が好きではない。見知らぬ人のものなら、なおさら。
「君こそ、とても体調万全には見えないが――」
私が立ち止まらなかったからか、振り向かなかったからか、その後の言葉は続かなかった。
本当だ、あの写真通りの冷たい視線が、刺さって痛い。
今、赤井秀一の目の前にいる私は、彼にとって「愛しの恋人」なんかじゃなくて、ただの見知らぬ通りすがりの他人でしかない。
見知らぬ他人なのに沖矢昴のことまで知っている、警戒すべき人物と思われたかもしれない――。
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まつり(プロフ) - わたしさん» そんなに読んでもらってるなんて嬉しすぎます!こちらこそ、読んでいただいてありがとうございますー! (12月31日 21時) (レス) id: 91a8359b9e (このIDを非表示/違反報告)
わたし(プロフ) - 本っ当に大好きで読むのも二三回目です。展開わかっていてもキュンキュンするし、まつりさんのかく沖矢昴が本当にかっこよくて理想すぎてだいすきです。なんでも出来てスマートに手を引いてくれる感じが堪らなくすきです、書いてくれてありがとうございます(;_;) (12月29日 4時) (レス) @page41 id: 2b3cd5dcd8 (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 面白くて一気に読みました!!安室さん編があるの嬉しすぎます!! (5月12日 5時) (レス) @page41 id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
まつり(プロフ) - チミさん» わあ、嬉しいコメントありがとうございます!こちらこそ、そんなに楽しんでいただけて幸せです。ありがとうございました。またの機会がありましたら、よろしくお願いします。 (2022年8月20日 21時) (レス) id: 6a01f04095 (このIDを非表示/違反報告)
チミ(プロフ) - この作品本当に本当に大好きで、毎回更新が本当に本当に楽しみで、なんと言ったらいいのか、とにかく大好きなんです!!出会えて最高でした〜〜!!素敵な作品ありがとうございます!!!!!!!! (2022年8月20日 20時) (レス) @page34 id: 5432b7d0cf (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まつり | 作成日時:2022年8月17日 9時