モーニングコーヒー6 ページ46
秀一から受け取った、猫柄のマグカップに入っているブラックコーヒーは熱くて、苦くて、芳醇な香りを放っていた。
「美味しい」
「何か食べる？」
普段昼前に目を覚ます2人なので、朝食を取ろうという概念はない。
「リンゴ食べたい。まだあった？」
嘘だ。特に食べたいわけじゃない。でも、器用に左手でリンゴの皮をむく秀一を見ているのは好き。
「わかった」
歩く途中できっと君はこぼすだろうと、秀一は私の手元からコーヒーカップを取り上げて歩き出す。
「そんなことないもん。秀一、心配性なんだから」
くすくす笑う私の前を歩く秀一が、ぽつりと呟いた。
「俺は――君にいつまでもこんな風に笑っていてほしい」
――たとえどんな過去があったにせよ。と、言外で告げている。
「わかった。じゃあ、秀一が傍にいてくれる限りは、そうするね？」
私はぎゅっと、秀一の上質な服を掴んでそういった。
一週間たっても誰一人私の消息を訪ねてこないのは、記憶をなくすずっと前から『私の世界はここにしかなかった』ことを意味するのだろう。
もしも私の周りにいろいろなしがらみがあるのなら、そもそも身を隠すべき有能な秀一が私と暮らすことになるなんて考えられないよ。
名探偵じゃなくたって、過去を忘れていたって、簡単な推理くらいできる。
「ああ、わかったから今はそうまとわりつくな、Kitty。
これはお気に入りのマグカップだから絶対に割るなって言ったのは君だぞ？」
それはきっと、このマグカップに描かれた猫の瞳の色が緑色だから。
少しずつ、過去の私がきちんと「秀一を好きだった」痕跡が見つかるのが、たまらなくうれしい。
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作者名：まつり
| 作成日時：2022年5月13日 17時
