はじめに ページ1
目が覚めたら、頭がずきんと痛んだ。
「痛い……っ」
思わず顔をしかめて身体を起こす。
「まだ動かない方がいい――」
耳に心地よい低い声に、驚いてそちらに目を向けた。
どうしてだか私は、病院のような個室に居て、私のベッドの隣に黒のタートルネックを身にまとったかっこよすぎる長身の男の人がいた。
とっつきにくそうな怖そうな表情(かお)だと思ったのはほんの一瞬だった。ふわりと彼はとびきりの甘い笑顔をその顔に浮かべて見せるから、心臓がきゅんと高鳴る。
「え――っと……誰？」
彼のことを誰だったか思い出そうとして、私は驚く。
自分の名前さえ思い出せない。
彼が表情をゆがめたのは、不快だからではないだろう。心配でたまらないという表情に、こちらの胸が痛くなる。
しかしそう感じたのもつかの間のことだった。
「Aの恋人」
誠実な表情であまりにも当たり前みたいに言うから、疑う余地がなかった。
「恋人？」
「そうだよ。覚えてない？」
私は記憶をたどろうとするが、どこまでも真っ白だった。
まるで今、ここで生まれてきたみたいに過去のことが思い出せない。
「私はどうしてここにいるの？」
起き上がろうとするとふらりとよろける。
彼はごく自然に私を支えてくれる。鼻腔をかすめたタバコの匂いは確かに知っている香りだ。
「あなたの名前は？」
「赤井秀一。Kittyは秀一って呼んでくれてた」
そうなのかな。私はこんな素敵な人が恋人で、呼び捨てで名前を呼んでいたんだろうか――。
本当に？
信じられないけれど、疑うだけの根拠もなかった。
「Aは何も心配しなくていい――」
連絡用にと、スマホを一台渡してくれる。
彼の連絡先しか入っていない、シンプルなスマートフォンを私はとても好ましく思ってぎゅっと握りしめた。
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作者名：まつり
| 作成日時：2022年5月13日 17時
