光に熔ける 【名探偵コナン】

482─── ページ8

彼女は自分を藤原花流と名乗った。


聞いてもいないのにそう名乗った、彼女は人のこないこの場所を大層気に入って、休日や学校帰りにザラザラとしたベンチに腰掛け本を読む。


近くの花壇に植えられたチューリップや、石の小さな鳥居をデッサンしていたり、天気のいい日や時間のある時はよく昼寝をした。


たまに歌を歌っていた、英語なのであまりよく分からなかったが。


見ていて、ここまで暇を潰せたのは初めてだった、何より時折思い出す初恋の相手───石川タクというらしい───を思い浮かべては目を閉じる切なげな顔が好きだった。


たまに恋愛小説を読んでいたが、最近の物はなんだか性にあわないらしい、途中で読むのをやめていた。


けれど数十年前の本はよく読んでいた、彼女はどうやらそれが好きらしい、曰く、感情が入り込みやすいとのこと。


そんなことを考えていれば、数年が過ぎるのはあっという間だった、ある日彼女が泣きながらこの場所に来た。


ここを離れ畑戸という場所に引っ越すらしい、そして彼女はいつか父と遊んだマンションから離れたくなくて人知れず泣いていたようだ。


その日は夕暮れだった、嫌に晴れた夕暮れで、彼女が次に僕の所に来ることはなかった。

483───→←481───

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す