桃色角砂糖【幸村精市】 (ページ28)

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11. ページ28

土砂降りの雨の中、
傘もささずに、独りで歩く
あいつを見つけた…

｢皐。」

声を掛けてやれば、
雨と涙によって、ぐちゃぐちゃになった顔で
彼女は振り返る。

皐は、前よりも泣くようになった。

いつもはニコニコと笑っている様な奴が、
記憶喪失となった幸村と関わる度に、
泣いて、笑って。また、泣いて＿＿＿

(辛いのならば、
好きじゃ、なくなればええんじゃ…)

どろどろとした、嫉妬の渦。
捨てきれない彼女の思いは、日に日に増していく。

その感情は、記憶を失った幸村により、
どんどん、醜く肥大化していったのだ。

(俺の想いは、いつも、空回りじゃのう…)

どんなに近くにいても、
どんなに彼女を思っていても。

彼女には届かない。
見えてすら、いない。

｢そんなに泣かんでも、
俺は何処にも行かんぜよ。」

優しく語り掛ける言葉も、
摩ってやる、この行為ですら…

.

あいつを幸せに出来ないのならば、
俺が奪ってでも、幸せにする。

マンションに入る前に、
ふと、視線を後ろにやると、

雨の中、何もささずに立ち尽くしている幸村が、
睨むように、俺を見ていた。

｢＿＿＿＿お前らを見ている時、
俺は、そんな気持ちだったぜよ…」

俺が羨ましいか？幸村。

ニッ、と口角を上げると、
悔しそうな表情を一瞬浮かべ、背を向けて歩き出した。

｢…せいいち、｣

掠れた声で、彼女は彼を呼ぶ。

零れそうな涙を拭えば、
眉間に皺を寄せて、また、｢せいいち」と、
彼の名前を呼ぶのだ。

｢幸村が、恋しいか…？」

君の愛する彼は、
一生戻ってこないかも、しれないのに。

.

君の愛しい彼になり、
痛めたその心を癒すことなんて出来ない。

俺が作り出す、
幸村精市としての、｢偽りの愛｣など、
演じきれない。

｢雨、なかなか止まないのう…｣

意識を失った彼女が目覚めるまで、
あと、少し。