知らない。 ページ20
あれ？まだ出て行かないのね。
何やらいつもより念入りに鏡の前を陣取る翔をケツで押し出す勢いで近付くと、軽く舌打ちしやがった。
「ちょっと！お育ちが悪いわね」
「ケツで人を退かす奴に言われたくねーな」
「だいたい、何なのさ。もーどうせメイクさんに全部やって貰うんでしょ？こっちにはそんなもん付いてないんだから交代してよねー」
「今日は最初は付かねーの。テレビ入らない取材だから」
「……あっそう」
なんかよく分かんないけど、ボッサボサだった髪が整っていったり。
髭を綺麗に剃ってローションで整えて……香水シュッとやったり。
……目の前で、ショウサクライが出来上がっていく。
「んだよ。時間ねーんだろ？おまえもやったら？」
「どんな取材すんの」
「あー？まぁ、色々」
「……ふぅん。相手女？」
「……まぁ、色々」
色々て。世の中だいたい男か女しか居ませんけども？
何やら私のめんどくささを感じたらしい翔は、じゃ、なんて急にその場を離れて。
私は思いっきり冷水で顔を洗って、ぺチーン！と頬を叩いて喝入れながら、鏡の自分と向き合った。
ま、なんと言いますか……ね。
本気のショウサクライと面と向かってお仕事する女性が、このあと居るわけね？とか思うとさ。
……この部屋を一歩外に出れば、私の知らない翔ばかり。
なーんて、当然のことを思っちゃったりして。
「じゃ。行ってくるわー」
「っ、へいへい。行ってらっしゃいー」
「おまえも気を付けてな。あー、あと……」
「ん？」
続きが聞こえてこなくて、洗面所から顔を出すと、翔が靴を履きながらこっちを見ていた。
「……いや。今日メシいらねーわ、たぶん」
「ぁ、そう。ん、分かった」
「あ！よーへーね？アイツもどうなるかわかんねーからお互い時間合った時って言ってて」
「へいへい。ま、どっちか決まったらテキトーに連絡して？」
「おう。……じゃ」
玄関のドアが閉まる。ショウサクライが外の世界に行った。
……ぎこちない。下手くそ。
気なんか遣っちゃってさ？嘘じゃないだろうに嘘っぽく聞こえるわよ、ばーか。
別にそういう嫉妬とかをしたわけじゃないのに。先回って考え過ぎるんだから、翔は。
でも、そうさせたことに申し訳ないなァと一応反省しながら、自分の仕度を進めて。
「……気ィ遣い過ぎだってば」
出かける時に気づいたメッセージ。
“何も無ければ早く帰る。愛してるよ”
それは、さっき食卓でノリでねだった、アメリカンな言葉だった。
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作者名：みつな
| 作者ホームページ：
作成日時：2017年5月15日 0時
