±14 知らない過去 ページ14
桜の木もすっかり緑に生い茂り、初夏を知らせる風とともに都大会地区予選が始まった。
不動峰中学校男子テニス部は一回戦、二回戦と順調に駒を進め、遂には準決勝で柿ノ木中学校を制した。
地区予選は例年青学と柿ノ木中がそれぞれ優勝、準優勝を決めていたのだ。まさかの番狂わせに、他校のテニス部の生徒達は驚いている様子だった。
「知ってるか?不動峰中学校って」
「えっ?知らねー。どこだそれ」
「柿ノ木を破ったらしいぜ?」
「マジかよ!」
会場の外へ行くと噂をしている声が耳に入った。
Aはその噂を聞いて、どこか引っかかる所があった。それは、実力があるのにも関わらず、なぜ不動峰は無名なのだろうかということだ。
そんなことを考えていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
あれは──伊武君だ。
Aは、歩いている彼の後ろ姿を追いかけるように声をかけた。
「なに?」
「あ、えっと、これから決勝だよね」
「そうだけど」
伊武は、決勝前とは思えない程落ち着いた様子で答えた。
「橘と一緒じゃないの?」
「あ、うん。ちょっと行ってくるってどこかに行っちゃったの」
「それで探しに?」
Aがうんと頷くと、伊武は呆れた表情でAを見た。
「また迷子になるんじゃないの。大人しく待ってた方がいいと思うけど」
「そ、そうだよね」
ぐうの音も出ない正論を投げかけられたAは、ハハハと笑って誤魔化した。
伊武君の言う通り、また迷子騒ぎなんか起こしたら本末転倒だ。
「そういえば、柿ノ木中との試合で伊武君が勝った人ってキャプテンって聞いたけど本当?すごいね!」
Aが試合のことについて問いかけると、伊武は別にと言って、そっぽを向いてしまった。
「なんで、皆こんなに強いのに不動峰は有名じゃないんだろう」
あっ──
思っていた事が思わず口に出てしまった。
しまったと思っていると、伊武の視線がAに向き直った。
「有名も何も去年俺達はそもそも大会に出てないし」
「えっ?」
Aは伊武の発言に驚いて、返す言葉が見つからなかった。すると、黙っているAに彼は話を続けた。
去年、やる気のない顧問と大して練習もせずに威張り散らす先輩のせいで、まともに部活をさせてもらえなかったこと。そして転校してきた橘の一喝により、そんな劣悪な環境を立て直し、部の再建までに至ったこと。
Aは初めて、不動峰中男子テニス部の過去を知ったのだった。
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作者名:円山 丸 | 作成日時:2019年10月29日 21時