第96話 ページ49
食事を終えた2人は、ワインを開けた。
「ねえ、ここ何時まで使っていいの?借りてるのよね」
「…貸し家と言うのは嘘で…。ここは、俺の実家だ」
Aは驚いて固まる。
「かなり昔に母も亡くなって管理も大変だから、そろそろ売りに出すんだ。俺も忙しくてここには帰ってこないからな。だから最後にここで過ごしたかった」
「そう…」
「そんな顔しないでくれ。悲しくはない。ただ、最後に有効活用したくてな」
「前に君の実家で朝食をとっただろう。あの時、どんな高級レストランで食事をするよりも美味しかったんだ。それに、凄く楽しかった」
「…」
「それをもう一度、味わっておきたかったんだ。この家で」
エルヴィンは少し寂しそうに言った。
「俺のせいで、父は死んだ。俺が余計な事を言ったせいで、憲兵の目に留まってしまったんだ」
「それから母は自暴自棄に陥り、俺は逃げるように夢を追って訓練兵になった。だからあまりこの家には良い思い出がない」
「でも、そんな気持ちのまま、ここを売るのにも罪悪感があった。一応、楽しい思い出もあるからな。正直、数時間前まで悩んでいた」
Aはグラスの中のワインを見つめながら聞いた。
「なら、どうして売るの?ゆっくり考えればいいじゃない」
テーブルの向かいから伸びてきたエルヴィンの左手が、Aの手を握る。
「君のお陰だ」
「…?」
「君と今日ここに来て、これでいいんだと思った。人が住まないなら、家なんてただの箱だ。他の誰かがここに住んで、楽しい思い出を作ってくれた方がいい」
そう言ってエルヴィンが手を離すと、Aの手には何かが置かれていた。
「…なに?」
「あの日、君に渡したかったものだ」
手のひらのそれを持ちあげると、チャリ、と音を立てた。
それは上品なネックレスだった。
正確にはネックレスのチェーンだけだ。
「…君のネックレスの飾りが通せるように作ってある」
言われて自分のネックレスを外した。
今のチェーンはボロボロで、最近ではちょっと衝撃があれば千切れてしまって困っていた。
「それに合う太さを探したんだ。どうだろう」
「つけてみる」
Aは元々のチェーンからタグを外すと、今貰ったチェーンにそれを通した。
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作者名:ララ | 作成日時:2021年5月7日 20時