第53話 ハンジ視点 ページ5
昨日の夜、何があったんだろう。
ハンジは自分の執務室で、仕事の手を止めてぼんやりと頬杖をついている。
エルヴィンと話しをして帰ってきたAを出迎えて、どうだったかと聞いた。
すると、異様にシャキッとした顔でハキハキと、
「なにもなかった」
と答えた。
絶対何かあった、と悟ったが、正直見た事がない反応だったので困惑して、結局昨晩は2人で酒を飲んで寝た。
(聞きにくい空気だったし…あれはもう触れてくれるなって事だろうな。ちゃんと別れた…っぽいかな)
ハンジはそう解釈した。
するとノックの音がして、モブリットが入ってきた。
手には何やらジャケットを持っている。
「ん？どうしたの、それ？」
「昨日ハンジさんが手配した馬車の、忘れものだそうです」
言われてピンときた。
「あ！エルヴィンのだ！昨日一緒に帰って来たんだよ。馬車に忘れて行っちゃったんだね」
「私の方で、返してきましょうか？ジャケットがないと色々とご不便かと」
「そう？じゃあお願いしようかな。それ、パーティー用のだから、仕事に支障はないから急がなくて大丈夫だよ」
言われたモブリットが、ジャケットを軽く畳むと、パサ、と何かが落ちた。
何ともなしに2人でそれを見ると、「辞表」の文字が目に入る。
一瞬空気が凍り付いた。
「うわわわわわわ！！」
モブリットが大慌てでそれを拾う。
「何でしょうかこれ！わ、我々は…み、見てはいけないものを…」
「落ち着くんだ、モブリット！」
ハンジが片手で制する。
「なにか理由があるはずだ。……うん。読んでみよう」
「駄目ですってば！！」
いきなり封蝋を破ろうとするハンジをモブリットが止めた。
「見なかったことにしましょう！私が責任を持って処分します！万が一、団長に聞かれても、ジャケットには何も入っていなかったとお伝えします！」
モブリットは封筒をふんだくると、エルヴィンの名前部分をインクで擦って消して、手近にあった机の鍵付き引き出しに勢いよく辞表を叩きこんで鍵を閉めた。
「ああ！なんてことを！」
「それはこちらの台詞です！」
「鍵かしてよ！絶対あけないからさぁ！」
そんな押し問答をしていると、モブリットの手から鍵が転がり落ちる。
それはコン、と音を立てたきり。
そこにはハンジが散らかした資料や道具があるだけ。
乱れたハンジの執務室ではよくある神隠しだ。
「…あれ？どこ行った？」
「分かりません」
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作者名：ララ | 作成日時：2021年5月7日 20時
