第80話 ページ33
エルヴィンが降りた後の馬車で、Aは大きく深呼吸した。
Aは昨日のことを思い出す。
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昨日、ハンジにエルヴィンの容体を伝えに行ったが、彼女は執務室にはおらず、部屋はAの不在で散らかり放題だった。
(またこんなにして…)
ため息混じりに片付けを始める。
ハンジの机はすぐに資料が山積みになるので、まずその書類の束を持ち上げた。
コン、
書類の束から何かが落ちる音がしてそちらを見ると、小さな鍵があった。
(鍵なんて書類の間に挟んで…ん?この鍵)
その鍵はもう使わなくなった机のものだった。
(そう言えばあの机、長く使ってないから捨てる予定だったのよね)
いい機会なので、中を確認して何もなければ今日にでも処分申請を出してしまおうと思い、その鍵を該当の引き出しに差し込む。
引き出しの中には1通の封筒が入っていた。
「辞表」と書かれたそれにギョッとする。
ハンジが書いたのか⁉︎と裏側を見ると、Aが数年前にエルヴィンにあげた封蝋が押してあった。
「…じゃあこれ、エルヴィンの?」
よく見ると封筒が少し古いので、最近書かれたものではないだろう。
Aは迷わず封を切った。
中には、このまま貴族との縁談を勧めなくてはならないなら辞職する旨が書かれていた。
そしておよそ勢いで書いたのだろう。
途中から1人の女性に対する気持ちが書かれていた。
(これ、出さなくて正解だったわね。メチャクチャ)
まるでラブレターのようなそれの日付を見て固まった。
Aの耳が熱くなっていく。
(この日って、エルヴィンの婚約発表があった日)
封筒を持つ手に力が入る。
(これが出せない位の何かがあったのね。きっとあの日、この話がしたかったんだ。なのに私…冷静じゃなくて)
Aはその場でうなだれる。
(エルヴィンを追い詰めてたのは、貴族でも誰でもなく私だ…)
エルヴィンがこの仕事にどれだけの誇りを持っていて、調査兵団をどれだけ守りたいのか。
それを誰よりも知っていたはずなのは自分だったのに。
Aは辞表を大切に自分の机に入れると、部屋の片づけをしてハンジが帰ってくるのを待った。
今日はこのままハンジと過ごすつもりだったが、実家に帰ろう。
なんだかエルヴィンの顔が見たくなったから。
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今朝のエルヴィンとの時間は確かに楽しかった。
不謹慎ではあるが、エルヴィンの腕がなくならなければあんなことはなかっただろう。
Aは窓の外を眺めた。
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作者名:ララ | 作成日時:2021年5月7日 20時