第78話 ページ31
朝、Aが病室に迎えに来て、エルヴィンはAの実家の方に招かれた。
庭を横切って勝手口から家に入ると、こじんまりとしたダイニングテーブルがある。
「座って待ってて」
「君が食事を？」
「まさか」
Aはわざとらしく肩をすくめる。
「私、料理はからきしで…。母さんがエルヴィンの分も作って置いていってくれたのよ。こっちで食べて行ってって書置きもあった」
言われてダイニングテーブルを見ると、確かにそのように書かれたメモがあった。
Aはスープを温め直すと、パンが入った皿を並べる。
元々要領が良いタイプなので、その手際だけはやたら良い。
エルヴィンの膝の上にナプキンを敷いて、左腕でも食べやすいように皿やパンを配置すると慌ただしくエルヴィンの正面に座る。
「さ、早く食べて。昼前には馬車が来るんだから。エルヴィンも準備とかあるでしょ。…あ、零しても何してもいいからね。練習だと思って自分で食べてよ」
「片腕がない生活3日目なんだ。もう少し気遣ってくれ」
「気遣うって…昨日よくそれで最後までしようとしたわね」
思わずエルヴィンが咳き込む。
いくら両親が不在だったとはいえ、Aの実家でしたとんでもない事と、それをここで言うAに驚いたからだ。
「…ははは」
そんなエルヴィンを見て、Aは意地悪そうに笑った。
なんだか変な感じだ…とエルヴィンは思った。
彼女とはそこそこ長く一緒にいたが、思い出す事はほとんどベッドの中での事ばかり。
それも悪くはないが、こうして朝を2人で過ごした事はない。
朝まで一緒にいたとしても、関係がばれない様に朝方には帰ってしまうAが、今はまだ目の前にいて、昨日の夜の事を話しながら素朴な朝食をとっている。
エルヴィンは感動すらしていた。
「いいな、こういうのも」
「…？」
「Aと、こうして過ごすのは楽しいと思ったんだ」
Aは少し視線を逸らすと、何も言い返すことなく食事を続けた。
食事を終えたらエルヴィンの身の回りの片づけをAがやる。
診療所の門の前に椅子を置いてエルヴィンを座らせると、その足元に荷物を積み重ねていく。
「随分と荷物が多くないか？」
「壁外から戻って私もそのままほとんど家にいたから。エルヴィンの着替えとかも支給品棚から沢山持ってきてたしこんなもんでしょ」
そんな話をしていると、遠くから馬車が走ってくるのが見えた。
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作者名：ララ | 作成日時：2021年5月7日 20時
