第74話 ページ27
桶が運ばれて来てしばらくすると、家の前に馬車が停まる音がした。
そして遠ざかっていく。
クロフト夫婦が出かけたのが分かった。
エルヴィンはベッドに座ると、桶を取るために立ち上がる。
利き腕はないが、ずっと兵士として鍛えてきたお陰で、利き手ではない手でも力仕事は出来る。
桶をサイドテーブルに置くと、病室のドアがノックされた。
クロフト夫婦が何か伝え忘れたのかと思って戸を開けると、そこにはAが立っていた。
「どうしたんだ？今日はハンジと…」
「気が変わったから帰ってきたの。エルヴィン、どうしてるのかと思って」
そういうとサイドテーブルの桶に目を留めた。
「母さんは？手伝ってくれたの？」
「いや。流石に君の母親にこんな事、頼めないしな」
「じゃあ、貸して」
Aはエルヴィンが持っていたタオルを取ると、室内に入って桶に浸す。
「座って。拭いてあげるわ。背中、拭きにくいでしょ」
そう言われてエルヴィンはベッドに座った。
背中を拭くAに、背中越しにエルヴィンは話しかける。
「Aに、ずっと謝りたかった」
「なにを」
「あの日。バルコニーで…。泣かせてしまった事をだ」
「泣いてないわ」
「目撃者がいるんだ。嘘はつかなくていい」
「…」
「泣かせるつもりじゃなかった。俺なりに君を気遣ったつもりだったんだ」
Aの、背中を拭く手の動きが緩慢になった。
「エルヴィンの婚約者の家の人が、詰め所に来てたの。エルヴィンの容体を聞きに」
「…」
「腕が亡くなった事を言ったわ。体裁を気にする人たちだから、婚約を破棄にするかと思ったけど…」
「…」
「でも、あのお嬢様はとても悲しんで、むしろ、はやく一緒になりたいって」
「…そうか」
「私、考えたの。エルヴィンが退役してあの人と一緒になってくれたら…」
「A？」
顔を上げたAは小さく微笑む。
「兵士を辞めてあの人といてくれたら、死なないでいてくれるんじゃないかって」
「やめてくれ」
エルヴィンは振り向くと左腕でAを抱きしめた。
「俺は腕がなくなっても、この仕事も、君も諦められていない。…せめて君だけでも幸せになって欲しいと思うのに。諦めなければと思っているのに」
「傍にいて欲しいと思う時、いつも手の届くところにいてくれる君に、どうしようも無く執着してしまう」
第75話 ※ご奉仕してます。注意です。エルヴィン視点寄り→←第73話
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作者名：ララ | 作成日時：2021年5月7日 20時
