【歌い手】また明日、泣きに来よう (ページ11)

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酷いことしてしまった。目の前で裏切ってしまった。
彼女の絶望の淵に立たされた表情は心に大きく響いた。
なんでこんなことをしたんだろう、付き合ってるっていっても、1部のリスナーさんは……まぁ、あれだけど認めてくれるはずだと思っているのに。
言ってもいいって、僕がAと付き合っているって覚悟を決めていたのに、あの狼が獲物を捕らえるような鋭い目で見つめられて僕は逆らえなかった。結果、Aを裏切ったのだ。

心の中の悪魔が僕を嘲笑する。
情けない、と。残酷なやつだ、と。
僕は。彼女の前で他の人が彼女と言った残酷な人間で、たった一人の女の人に逆らえずに彼女を裏切る情けないやつなんだ。

「あー、会いたいな」

彼女に会えなくて頭がどうにかなりそうだ。
ふわふわで心地よい香りの髪も、綺麗な瞳も、紅い頬も、愛らしい顔立ちも、小柄で人形みたいなのも、それに似合わない大人っぽくて穏やかな性格も、全部好き。
目を閉じれば彼女が僕を呼んだり笑顔を見せたりとたくさんの思い出が脳内を駆け巡る。

「まふくん？」

一瞬、その呼び方が彼女と重なった。
でも、僕を呼んだのは紛れもない、彼女じゃない人物。
甘ったるい声で腕を巻き付けてくる。
あぁ、香水の香りが辛い。
鼻をツンと刺激する香りに思わず顔をしかめる。

「まふくん、今度どこかに出かけない？」

やめて、その呼び方で僕を呼ばないで。
心にどす黒い感情が溜まり始めた。

「ねぇ、まふくん？聞いてるの？」

やめて、彼女の声をかき消さないで。
今は聞けないから思い出しているのに上書きしようとしないで、その呼び方をしないで。

「まふくんっ！」

パチンッ！
乾いた音がした。
何をしたのか分からなかった。
でも、目線を上げれば驚きのあまり目を見開いて頬を抑える胡桃さんがいた。
僕の右手はじんじんと痺れに似た痛みを訴えていた。
僕は、今この手で叩いたんだ。女性を。
心の黒い感情が罪悪感により染め上げられていく。

「っ、な、なにすんのよ！女に手を出すなんて最低！！」

人が変わったかのように罵声を浴びせてくる胡桃さん。

「っ、ごめんね」

「ごめんで済めば警察はいらないのよ！！」

思いっきり手を振りかぶって僕を殴ろうとする。
その勢いが怖くて目を瞑って固まった。

鈍い音がした。けれども、いつまで経っても痛みは何一つ来ない。
恐る恐る目を開けた。

「っえ、なんで……」