胃袋は掴まれた (ページ1)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:12,156 hit

和はみだされた１ページ1

すっかり日が暮れるのも遅くなり、19時半だというのにまだそこまで暗くない。ちょっと早く帰れたみたいで嬉しいという気持ちが半分、汗ばむ気温と湿気のせいで早くシャワーを浴びたいという気持ちが半分。

玄関を開けると、雑に脱がれた革靴が私をお出迎え。リビングからは灯りが漏れている。人がいる家に帰ることほど嬉しいことはないなと息が漏れた。

「ただいま」
「ん、おかえり」

キッチンに立つ愛しい人。部屋着代わりのヨレヨレのTシャツは、汚れた手で平気で触るのであちこちにシミができている。

それ落とすの大変なんだよと小言を言ったら、気にしないからいいと返ってきたことがある。エプロンなんてものはいらないらしい。

「今日のご飯なあに」
「新しいの作ってみてる」
「それは楽しみ」

シャワー浴びてくるよ、と踵を返して風呂場に向かう。今朝ちょっと早く起きれたからお風呂掃除したし気持ちよく汗を流せる。体に張り付く肌着を無理やり脱いだだけでも爽快感があるほどべたついていた。

出勤時間が違う私たちは、幸いなことに得意な家事も違った。同棲を始めてそれに気がついた時、思わずハイタッチしたことを覚えている。

朝早く仕事に行くので帰りが早い彼は、大学時代から凝りまくっている料理を率先してやってくれる。朝も帰りも遅い私は、清掃のバイトを長くやっていたおかげで洗濯と掃除に隙はない自信がある。つまり私たちはとてもバランスの良い分担ができるのだ。

さっき一瞬キッチンを覗いたときに、魚が入っていたと思われる発泡トレーが無造作に置かれていたのを見た。冷蔵庫にはふるさと納税で届いたキノコがたくさんあったはず。何を作ってくれるんだろう。

彼が特売日に買ってきてくれたシャンプーを洗い流しながら想像を膨らませる。あの人また新しいレパートリー増やすのか。

「シャワーお先でした」
「あとちょっとでできるから髪乾かせ」
「はあい」

お父さんみたいなことを言うから少し笑ってしまった。我が家では、日曜の夕飯はお父さんが食事を作る日だった。あまり凝ったものは出てこなかったけど、一緒に餃子を包んだりハンバーグを捏ねたりするの結構楽しかったなあ。