浅沼家の日常10

・ ページ20

『ゴメン。仕事、残ってたよね』

先にAをベッドに寝かせ、自分は加湿器をつけたり照明を調整していると、ポツリと小さな声が聞こえてきた

聞かない日は無いと言っていい声優の玉城Aとしての声とは程遠い、か細く自信なさげな声

これは相当参っている時のAだ

浅「んーん。たっぷり寝て明日の朝やった方が絶対捗るからさ」

『……なんか、疲れちゃって』

浅「毎日頑張ってるもんね。Aは凄いよ」

『こんなことで疲れてる場合じゃないのにっ…』

浅「休むことも大事。でないと壊れちゃうよ」


Aはいわゆる“憑依型”に分類される役者

初めて出会ったあの舞台の時からそれは変わらないし、声優という仕事を始めた時からきっとそうなのだろう

演技をする仕事でも、ナレーションのように語る仕事でも変わらないスタンスを貫き続け、日々自分ではない何かに成って声を届けている

だから仕事が増えれば増えるほど、玉城Aという人物が消耗してしまう

長年マネージャーとして近くにいる島さんもそれをしっかりと理解していて、その上で無理のないスケジュールを立ててくれてはいるが、何せストレスのかかる職業だ

そして去年の年末あたりから今年に入っての激務

笑顔の裏で年単位で蓄積されたものが一気に爆発するときが来た

浅「仕事では玉城Aでいなくちゃいけないんだったらさ、せめて家では浅沼Aでいようよ。ずっと玉城Aのまんまだと俺たちも寂しいよ」

『あさぬま…ひらがなで…』

浅「そ。超人気声優の玉城Aじゃなくて、俺の奥さんで大智と秀斗のお母さんの浅沼A」

『…うん』

涙をこらえるように頷いたAは、もうさっきのような抜け殻ではなくなっていた

浅「さぁ寝よう！明日からも程々に頑張るぞー！」

『がんばろぉ』

二人でふふふと笑って目を閉じた





きっと明日になってしまえば、今日のことなんてなかったかのようにいつも通りの玉城Aとしてバリバリ働くのだろう

自分を削って演じることも、表では意地を張って笑顔ばかり見せることもきっと変わらない

でも、それでいいと俺は思う

それがAという人間だから

それに、俺たちの前では浅沼Aとして、本物のAで居てくれるって確信しているから




やっぱり我が家の紅一点は凄い！

誰が何と言おうとも！！

キットカットおばさんをさがせ！→←よわよわの日

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す