87、母と弟(亜弥視点) ページ40
｢世子嬪は、今も？｣
｢はい。大妃様｣
世子嬪様が目を覚まされた日の謀反から
世子様は目を覚まさない。
世子嬪様をかばって、毒矢を受けたのだとか…
それから、ずっと世子様の側から
離れようとしない世子嬪様。
いつの間に、あんなに仲良くなったのだろう？
もう少し距離のあるお二人だったのに。
｢とりあえず、やっと夫婦らしくなったんだ。
怪我の功名とでも思っておこう。
世子も、きっと、すぐに目を覚ますわ…｣
王妃様付きの女官になった今でも
こうして大妃様の元を訪れている。
前みたいなことはしていない。
ただ、幼い頃から気遣っていただいたから
どこか母親のように思ってしまう自分がいる。
私が王宮に上がった年、弟が生まれた。
弟がいるということを知っているだけで
姿も、名前も、どうしているのかも知らない。
王宮に上がれば、死ぬまで出ることが許されない。
王宮に仕える女は、すべて王様の女。
王様以外に思いを馳せることは許されない。
｢女官様…｣
王妃様の元へ戻る途中、
声をかけてきたのは橙摩だった。
｢どうしたの？｣
｢あの、世子様と世子嬪様は…｣
そう言えば、彼は姉を探しに来たって言っていた…
それを助けるために花嬪様が護衛にしたんだっけ…
懐かしいなぁ。
もし、花嬪様がいたら
こんなことは起きていなかったのかな？
もし、花嬪様がいらっしゃったら…
｢あの、女官様？｣
｢あ…世子嬪様が側にいらっしゃるから
きっと大丈夫よ。
世子様には花嬪様も付いているだろうし。
だから、大丈夫｣
｢そう、ですね…そうですよね！
俺も、そう思います！｣
って、さっきまでの不安そうな表情から
太陽のような笑顔に変わった。
｢ねぇ、橙摩｣
｢なんでしょうか？｣
｢…ううん。なんでもない。
王女様の護衛、よろしくね。
王妃様の心配事は、なるべく減らしたいから｣
｢はい。お任せください｣
…もし、弟が生きていたら
橙摩ぐらいの年齢だと思う。
そして橙摩と同年齢の男子なんて
たくさんいる。
うん。
仕事に集中しよう。
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