32、揺れ動く ページ33
アランside
「今度は、きららちゃんのピアノだけを
聴いてみたいな」
そう言ったのは真咲くんだった。
「そうですね…では」
と、静かに奏で始めた曲は
春の風が流れるような
優しい音で紡がれていた。
風が花びらを運び、広い世界へ舞う。
高い、高い空へ、自由に。
ピアノを弾く彼女もまた、優しい表情をしていた。
楽譜なしで弾くピアノ。
それが何よりも、
彼女の自由を表しているように思えた。
でも、本当に、彼女は自由なのだろうか?
耳が聞こえない世界で、
一度も、つらくなかったはずがない。
きっと、どこか見えないところで
たくさん傷ついて、苦しんできたと思う。
俺だって、何かと躓いて傷つくこともある中で
今にたどり着いている。
それと違うとは言わない。
だからこそ、彼女の心が無傷だとは思えなかった。
補聴器を今日から使い始めたのも
何か、理由があるんじゃないかと考えている。
そうやって俺は
どこかで彼女の真意を探っている。
俺は、ただのクラスメイト。
俺と彼女は、ただ内緒で
メアドを交換しているだけの関係。
それ以上でも、それ以下でもない。
そのはずだ。
彼女が自分の中にある普通と違うから
興味を持っているだけ。
特別な感情なんてない。
なのに、どうして、
こんなに心が揺れ動いているんだろう。
なんで、こんなに意識しているんだろう?
もし、これが世に言う〈恋心〉なら
俺は、ここにいても良いのだろうか。
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