蝶は鳥にはなれずとも 3 (ページ10)

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暇。ページ10

清隆の部屋に入れてもらい、ざっと説明する。
ベッドに寝転んだ清隆はそうかと力の無い返事をして、不意に呟いた。

「e4」
『？』
「e4だ、次の手は。」
『……あぁ、そういう。なら私は、c5』
「Bc4」
『Nc6』
「Nc3」
『e6』
「d3」
『Ne5』

エアチャスだ。
頭の中に基盤を用意してそこで勝負をするのだが、清隆は偶にこういうことをしてくる。
暇なのかしら。
私としては、頭の体操になってとても良いのだけれど。
暫く続けて、やがて既視感を感じた。
ピンと来る。

『清隆、これ世界的に有名なアンデルセンの名局じゃない。』
「そうだ。ちょっと暇だったからな、Aがいつ気付くか試していた。」

やっぱり暇だったのね。

『だったら私で遊んでいないで、船内を散策しようよ。』
「遠慮する。なるべく、体力は温存しておきたいからな。」
『…何だかそれ、無闇矢鱈と歩き回った私への皮肉に聞こえるけれど。』
「よく分かったな、その通りだ。」
『はっ倒すわよ清隆。』
「やれるのか。」
『…』

数秒後、ゼーハーと肩で息をしながら清隆に組み敷かれる私と、涼し気な顔で息1つ乱さず私を見下ろす清隆が居た。

「俺を倒すんじゃなかったのか。」
『本気を出した貴方に敵う人間が居たら、今すぐ連れてきてくださーい。』

私の臍を曲げた態度が面白かったのか、清隆が目の奥で笑みを見せた。
顔が近づき、もう少しで唇同士がくっつくかと思った時、部屋のインターホンが鳴った。
飛び上がって驚き、咄嗟に清隆と距離を取る。
清隆が、扉を開けた。

「…平田か。」
「ごめん、お邪魔だったかな。」

奥の椅子に腰掛ける私を見て、平田君が苦笑した。

『平気よ、偶々遊びに来ていただけだから。どうかしたの？』
「これから軽井沢さん達と合流して遊ぶ予定なんだけど、君達も一緒にどうかな。」
「軽井沢？」

軽井沢恵さん。
一度だけポイントを貸してくれないか、と話しかけてきた子だ。
全体的に派手な生徒で、確か今は平田君と付き合っていた筈。
清隆もその事実を思い出したのか、やめておくと断った。

「俺は別に、軽井沢達と仲が良いわけじゃないしな。」
『私も。昔ポイントを貸してあげられずに、軽井沢さんに申し訳無いことをしたの。今更、合わせる顔が無いから。』
「皆と仲良くなる、良い機会じゃないかな。」

温かい笑みを見せながら、平田君が食い下がる。
1人で居る清隆を、放っておけないのかな。
それとも、他に何か目的がある…とか。