蝶は鳥にはなれずとも。 (ページ48)

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感情が欠落。ページ48

清隆は稀に、本当に稀に昔のことを思い出す。
思い出すと、決まって感情が欠落して私のところへ来る。
ホワイトルームで受けてきた授業や生活の記憶が、彼を昔の「最高傑作」という名の「人形」に戻してしまうのだ。
今でこそだいぶ人間らしく血の気の通った対応や声色をするようになったけれど、そこまで運ぶのが大変だった。
機械のように動かない表情に、虚ろな瞳。
どんなに美味しい食事や面白い道楽を出しても、眉1つ動かさずに反応もしない。
それはそうだろう、目の前で過呼吸を起こして苦しそうに喘ぐ同期を見ても何も行動を起こそうとしなかった清隆だ。
このままでは高校に入学しても違和感からクラスで浮いてしまうと危機感を抱いた私が、散々訓練や普通の高校生の反応を見せて何とか覚えさせたから良かったものの。
そして、過去を思い出した清隆は必ず訳も言わずに私と眠りたがる。
卑猥なことはしない、そんな気力も無いのだろう。
ただ私を痛いくらい抱き締めて、眠りにつく。
そうして、ホワイトルームから抜け出せたことを実感して記憶の魔の手から脱出するのだ。
ホットミルクを作るために、冷蔵されていた牛乳を取り出してマグカップに注ぐ。
電子レンジであたためている間も、清隆はベッドの淵に腰掛けたまま微動だにしない。
あちゃ、これはかなり奥深くまで根付いてしまっているな。
そうなると、引っ張り出すまでに時間を要するのだけれど。
チン！とレンジが音を立てた。
その音に訳も無くビクッと肩を震わせ、何とか清隆の元まで持っていく。

『清隆、清隆。ホットミルク、持ってきたよ。』

飲もう、と促すが動こうとしない。
マグカップを一旦デスクの上に避難させ、清隆のほんのりあたたかい背中を擦る。
弱っているわけでは無いのに、この状態の彼は線が細くて頼りなさげに見える。
小さく、語りかけるように呟く。

『…清隆、もうここはホワイトルームじゃないよ。貴方が望んでいた高校だよ。私も、一緒にここに居るよ。』
「………あぁ。」

お、返答した。
虚ろだった瞳がこちらを向いたので、すかさず笑みを浮かべて清隆を見つめ返す。

『明日も学校があるんだから、今日はそろそろ眠ろう。ほら、ホットミルク持ってきたから飲んで。』

今なら大丈夫そうだ、と踏んでカップを持たせる。
ゆっくりとした動作で口に含んだ彼は、目を閉じて何を言うわけでも無く息を吐き出す。
幼児が経験するにはあまりに凄惨な過去を、少しずつ体内から排出しているように見えた。