聞いたの? ページ46
足を踏み出しかけた時、後ろから半ば抱き締めるように清隆が私を抑え込んだ。
『っ?』
「俺1人で行く、お前は息を潜めて様子を伺っててくれ。」
『でも。』
「櫛田に怪しまれる人間は、なるべく少ないに限る。俺が1人で追いかけてきたってことにしておけば、Aを疑うことはしないだろう。それに、Aと2人で来たと分かれば、それこそさっき否定したことと矛盾するだろ。」
『さっき否定した……あぁ、付き合ってないってやつ。』
「そうだ。俺の端末を通話状態にしておくから、そこから聞くだけ聞いておいてくれ。」
『…分かった。』
清隆1人だけが敵になると言うのも何だか不服だが、清隆がそうしろと言うのなら仕方が無い。
素直に引き下がり、清隆がかけた電話を耳に当てる。
「俺だ、綾小路だ。」
彼の姿を認めるや否や、足早に近寄ってくる桔梗さん。
「櫛田、携帯忘れて」
「聞いたの?」
清隆の手から端末を奪い取り、桔梗さんが低く尋ねる。
「『聞いてない』って言ったら、信じるか?」
「誰かに話したら容赦しないから。」
街頭に照らされて、桔梗さんの表情が初めて露わになる。
そこには、私達が知っている彼女とは別の人間が居た。
人間を信用せず、己を武器にして今まで歩んできたと取れるような険しい顔。
別人のように吊り上がった眼、疑うように潜められた眉、最小限に動かして最大限の脅しをかける口。
櫛田桔梗とは、ここまで「演じる」ことが得意だったのか。
「もし話したら?」
桔梗さんは、清隆が自分に乱暴したと言いふらすと告げた。
「冤罪だし、それ。」
「大丈夫、冤罪じゃないから。」
そう言うと、桔梗さんは清隆の右手を持ち上げるや否や自らの胸に押し当てた。
これには、流石の私も驚きを隠せない。
そうまでして、自らの秘密を守り通そうとするのか。
「アンタの指紋…これでべぇっとり付いたから、証拠もある。私は本気。」
確かに、今の桔梗さんが涙目になって清隆に乱暴されたと訴えれば、彼は確実に罪を被せられて退学させられる。
人気者の涙に、周囲の人間は弱い。
人は、「自分」のためには悪魔にはなれない。
だが、「誰か」のためなら簡単に悍ましい悪魔になる。
「分かったから、その手を離してくれ。」
「…良い?裏切ったら、許さないから。」
今まで私達が見てきた彼女は、全て出来の良い偽物。
これが、今目の前に居る桔梗さんこそが、本当の彼女。
140人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
れい(プロフ) - めちゃくちゃ面白いです!!更新頑張ってください (2月18日 12時) (レス) @page24 id: 774cbd6690 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:桜 | 作成日時:2024年2月6日 18時