好きでした。 ページ28
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「……私、湯川Aは」
こんな状況下でも、心臓は鳴り止まない。
初めて花巻の笑顔を見たときのような、幸福を感じさせる鼓動が、心地好く感じた。
でも。
震える声と、少し熱を持つ耳を無視して、目を合わせれば。
そんな鼓動なんて嘘だったかのように、背筋が凍ってしまった。
だって、そうでしょ?
苦しそうな、辛そうな顔をした花巻が、唇を噛んでいるんだ。
言葉の先が言えなくなった。
言いたい、という思いと裏腹に、言ってしまったら花巻を傷つける、そんな思いもあって。
口を、鯉のようにパクパクとさせながら。恋のように錯覚していたと、思い込ませようと頑張るけど。
でも。
言ってしまえ、言えば楽になれる。
という身勝手な心が勝ってしまった。
「花巻が、す……」
す、まで言って、少し視線を落とす。
緊張からかな、この先が言えない。
でも、視線の先には……
震えた、花巻の握り拳があったから。
「好き、でした」
つい、真っ直ぐに、過去形にしてしまった。しまった、なんて口を覆っても遅い。
言った言葉は元には戻らない。
歪めていた顔を笑顔に作り替え、声を弾ませてこう言った。
「好きな人がいる人をまだ好きでいるほどバカじゃないよ、私は。
もう、諦めたから。吹っ切ったから。
だから、伝えるだけにしとく」
痛いくせに。
そんなこと言ったら、心が痛くなるだけだって分かってるくせに。
ちゃんとフラれないと、未練がましくなってしまうと、分かっているくせに。
途端、花巻の顔が少しの安堵を見せたのが分かって、
嗚呼、これで良かったんだ。
なんて思ってしまった。
「……悪い。やっぱ、俺は俺の好きな奴を諦めきれねえ」
その一言が、もう、返事でしかない。返事はいいよって言ったのに、察しの良い男だよ、あんたは、本当に。
「だから、分かってるって。
……告白しなよ、ちゃんと」
馬鹿。
何言ってんだ、私。
なんで、自分から失恋しに行くようなこと、言ってんの。告白なんてして欲しくない。叶えて欲しくもない。
「……嗚呼!あんがとな!」
嗚呼、ほら。
私が好きになった、あのクシャッとした笑顔。
心がズタボロだ。
痛い、痛いよ。
「じゃ、私そろそろ帰るわ。明日からは友達ってことで。じゃあね」
友達。
「おう。じゃあな」
足の進みが悪い。
なんだろう、重くて重くて、どうしようもない。
しばらく歩いて、花巻に顔を見られない場所で一人。
涙が、頬を伝った。
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あいうえお - すみません他の作品のパスワード教えてほしいですー! (2023年2月18日 22時) (レス) id: 8655edc292 (このIDを非表示/違反報告)
如月(プロフ) - たまたま見つけたこの小説でしたが、読んでよかったなあと思いました。私も夢主ちゃんと同じ感じで何もないのに死にたいとかめっちゃ思います。だからこそ共感できるし、なんか同じ気持ちの子がいるんだなって嬉しくなりました。好きです! (2021年6月19日 6時) (レス) id: 85ad8c6978 (このIDを非表示/違反報告)
お水。(プロフ) - まーちさん» いえ!こちらこそ読んでいただき本当にありがとうございます!感動したと言っていただけて本当に嬉しいです。コメントまで残して頂き、励みになります!本当にありがとうございました! (2020年12月29日 18時) (レス) id: 5c541d7487 (このIDを非表示/違反報告)
お水。(プロフ) - まふにゃさん» 歌詞だったんですね!気付きませんでした!今度検索してみますね!コメントありがとうございます! (2020年12月29日 18時) (レス) id: 5c541d7487 (このIDを非表示/違反報告)
まーち - こちらの作品とても感動しました。少し、少しだけ感情が薄い私がなきそうになりました。こんな素敵な作品を作っていただきありがとうございます。 (2020年12月10日 21時) (レス) id: 65334a4eed (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:お水。 | 作成日時:2019年1月12日 17時