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「瀬奈さん、ちょっと」
帰りのホームルームの後、廊下からあの担任のおばさん先生が私に手招きをしていた。まぁ、私の病気のことだろうな。ちょっときて、と言われ、教室から少し離れた、元は多目的室だった空き教室に呼び出された。
察し通り、先生は私と目を合わすなり、悲しそうな、そして残念そうな目をした。
「瀬奈さん、あの、本当に、残念だわ」
つい最近まで、普通に接していた先生にまで、自分が大病だと知らされたことで気を遣わせている。言葉遣いも、声色も、腰の低さも。
「はい、でも、仕方ないです」
私は、それ以上心配をかけないために、わざと気を張って堂々と答えた。
仕方ないです。
たまたま私だっただけ。
「ええ、そうね」
そう言うと先生は、また俯く。
いいのに、無理して話そうとしなくて。
私は思う。
もう決心したもの。
遅かれ早かれ、私はもう死んでしまう。だから、残りの短い人生、最高に楽しく生きてやろうじゃないの、って。
ねえ、だから、お願い。
そんな、かわいそうなものを見るような目をしないでよ。
「病院から、入院しなくてもいいと許可はもらってますから。体調が悪くなったら、ちゃんと保健室にも行きます」
ドアを隔てた、廊下から、騒がしい高校生の話し声が聞こえる。自分とは違う世界の、別の空間で話しているような距離感のする音に、私の胸は掻き立てられた。
「お母さんからも、お話は聞いているわ。くれぐれも、無理はしないでね」
「はい、もちろんです」
「うん、それだけ、ごめんね。呼び出しちゃって」
「いえ、じゃあ、失礼します」
先生はまだ何か言いたげだったけれど、私はもうそれ以上聞いていたくなくて、ここにいたくなくて席を立った。古びた横引き戸を開くと、今度こそ私の耳に、うるさい校内の喧騒が正常に響く。
私は乱れた頭をリセットするために深呼吸をした。
「真冬に会いに行こう」
私は、大好きな彼の教室へ足を踏み出した。
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作者名:Ir | 作者ホームページ:http://manaaa
作成日時:2023年2月18日 20時