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「真冬、帰ろ」

「うんっ!」



ドアから真冬を呼ぶと、もう帰りの支度は終わっていたようで、椅子に座って私を待っていた。私の顔を見るなり、大急ぎでカバンを手に取りドアに走ってくる。

待ってるなら迎えにきてくれたらいいのに、というと、だって、クラスの人誰も外に出ないんだもん、と気まずそうに言ってくるもんだから笑ってしまった。

真冬に、私以外で仲の良い友達は本当に数人しかいないようで、毎朝オロオロしながら教室に入っていく姿を見ていると母親のような気持ちになってくる。



「早く帰ろう?」

「うん、いこっか」



私たちは笑い合って、下駄箱までの廊下を歩き出した。







………………

…………
……



「はぁ、あっついね、もう10月になるのに」



汗を拭きながら、真冬に尋ねると、こちらは死にそうな顔で真っ青になっていた。



「あつい……死ぬ……」

「運動しないから!もっと動きなさい」

「無理だよお…家から出たくないぃ」



暑がりながら顔を真っ青にさせる器用な彼に、私はあははと笑いをこぼす。容赦なく日が照りつける、線路沿いの道をだらだらと二人で歩く。時折、二人の真横を海風が吹き抜ける。

海が近くの、田舎である、私たちの住む街。

こんなに暑くてむしむしした日でも、海から吹いてくる涼しい風は、結構避暑になる。その風の気持ちよさに、私は目を閉じて身を任せた。

塩を含んだ海風で、線路は赤錆び、綺麗とは言い難い。晩夏なんてとっくに過ぎたはずなのに、この街にはまだミンミンゼミの鳴き声がする。



「なんかぁ……幸せだね」



唐突に呟かれたその言葉に、私は己の耳を疑う。
真冬からそんなこというなんて、珍し過ぎて驚きだ。

目を丸くしてこっちを見る私からの視線に気がついたのか、今度は顔をあからめて、「いや、なんでも、ない」と頼りない声を出し、頭を掻く。



「……うん!そうだね、幸せー!」



目線をあさっての方向に向けてしまった彼の手を強引に掴み、自分の左手と絡ませる。そして、整った輪郭に思い切り顔を近づけて、「私も、幸せだよ」と小さく言ってやった。



「………ずるじゃん」

「何がー?」



そういうとこ!と、不満そうに言いながら、私の左手をぎゅっと握り返す真冬に、確かにその温かみを感じながら。


ただ一直線に、海風の吹く、この道を歩き続けられたら。

そう願わずにはいられなかった。

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作者名:Ir | 作者ホームページ:http://manaaa  
作成日時:2023年2月18日 20時

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