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中に入ると、軽快なメロディと共に、「いらっしゃっせぇ」夜遅くだからかどこかやる気なさげな挨拶が耳に入った。
店内奥のお酒コーナーへまっすぐ向かい、冷蔵庫から某低アルコールチューハイの「白葡萄風味」と書かれた鮮やかな黄緑色の缶を取り出し、定番商品からマニアックなものまでずらりと並んだおつまみコーナーを目の前にどれにしようか唸っていると
「私だったら、これにするかな。」
斜め上から愛してやまない彼の声が降ってきた。
「太宰さん...!」
「やぁ、Aちゃん。奇遇だね。」
ニコニコと口角を上げてまるで標本のような綺麗な笑みを浮かべた彼は華奢な右手をひらひら振りながら、左手に持つさきいかを見せびらかす。
「おつまみ、迷っているんだろう?なんせ最近のコンビニおつまみはレパートリーが豊富だからその気持ち、わからなくもないよ。」
太宰さんのお薦めなら、とさきいかを手に取る傍ら、私の脳内はあるワードに支配されていた。
太宰さんの私服、だ。
普段羽織っている砂色の外套はなく、白いシャツに黒のジャケットと言うラフな服装。
普段は上着の襟で隠されている頸や項が無防備で何とも目に毒である。
だめだと心で思いながらもどうしてもそこに目がいってしまう。
「ねえ...」
暫く眺めていた彼の喉仏が愉しげな声と共に揺れ動いた。
「何見てんの、スケベ。」
長い頸を傾げて問う。
いつもは不特定多数に向けられているその艶美な表情が、今私の目の前でただ1人、私だけに向けてされている。
「ぇ、えッと...!」
そんな顔されたら誰も逃げられないことを分かっていながらつくづく計算高い人だ。
何か返さなければと分かっていても、そういう目で見てしまっていたのは事実だし、言い訳が見つからない。かと言って事実を真正面から言うとしても...。
しどろもどろと言葉を濁して目線をうろうろさせていると、当人である彼は私の手元からお酒を奪ってレジに向かって歩き出した。
「すまないね。一寸揶揄っただけだよ。君ってば真に受けちゃって見てて面白いね。」
クスクスと笑う彼にもう先程の挑発するような表情は無くなっていた。
一瞬の幻なのではないか、錯覚だったのではと疑わしくなってしまうほど今の彼は子供で可愛らしく花が綻ぶような笑みを浮かべていた。
長い足をずんずんと進める彼と、未だ幻想に取り残される私。
彼はそんな私を不審に思ったのか立ち止まり頸だけ振り返る。
「ほら、置いて行ってしまうよ?」
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無農薬いちご(プロフ) - よかったです!わざわざレスしてくださって本当にありがとうございます! (2023年3月12日 20時) (レス) id: 796a8b7360 (このIDを非表示/違反報告)
音海しあ(プロフ) - 無農薬いちごさん» ちゃんとハピエンなのでご安心くださいませ....!!!! (2023年3月12日 20時) (レス) id: 1f4e19f4d2 (このIDを非表示/違反報告)
無農薬いちご(プロフ) - 雲行きが怪しくなってきましたね… (2023年3月12日 19時) (レス) @page20 id: 796a8b7360 (このIDを非表示/違反報告)
音海しあ(プロフ) - 星月夜さん» 星月夜様、コメントありがとうございます!比喩の部分が私自身のこだわっていたポイントだったので、そのように言っていただけて嬉しいです! (2023年3月1日 6時) (レス) id: 1f4e19f4d2 (このIDを非表示/違反報告)
星月夜(プロフ) - 表現が素敵で凄く好きです。 (2023年3月1日 0時) (レス) id: 8be47c094d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:音海しあ | 作成日時:2023年2月26日 10時