天高く (ページ4)

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秋の空③ ページ4

「北山、藤ヶ谷に声かけて上がって。」

「ほーい。

　あ、藤ヶ谷、店長が上がっていいって。」

　店長やスタッフに挨拶してロッカールームへ入って行く。

「ったく、何なんだよアイツ。」

　オレは、今日何度目かわからない言葉を吐き出した。

「他の客のグラス落とす、料理提供する直前にスタッフのシャツ引っかける、しまいには前見てないフリで子どもにぶつかって。もうちょっとであの子ケガするところだったじゃん。たまたまオレが通りかかったからその場で助けたけどさぁ。どう考えてもワザとやってるのに、そう見せないから通報もできねぇし。」

　なぁ、藤ヶ谷。

　と隣に目をやると、シャツのボタンをとめ終わった手でロッカーの扉を閉めた。昨日のような派手な音は立ててないけど、たぶん、昨日より機嫌悪い。

　それもそのはず。
　迷惑を被るのは全て藤ヶ谷の関わった女性客だ。おそらくそれは、彼女の嫌がらせ。それがわかっているのに、わざとやっているというしっぽを掴ませないから厄介だ。

　かと思えば、注文でもなんでも他のスタッフに声をかけて、藤ヶ谷にはいっさい何も言わない。それが毎日のように続いていて、本人はもちろんのことオレ達スタッフも辟易していた。彼女のことは、側から見ていても嫌悪するんだから、当の本人は嫌どころじゃないってことぐらい容易に想像できた。

　藤ヶ谷のお客さんみんな迷惑してんじゃん。

　小さくため息をついてロッカーの扉を閉めると、藤ヶ谷が隣に立ったままこっちを見ている。
一歩、こちらへ足を踏み出す。
　もともとロッカーは隣同士、横に並べば肩が当たるような距離だ。
　接触を避けるようにオレは後退りした。

「えっと、どした？」

　藤ヶ谷の腕が顔の横に伸びた。隣のロッカーが音を立てる。藤ヶ谷の目線がこちらにないことに気づいて腕の方を見やると、長い指がネームプレートを押さえていた。

　何だよ。落ちてたの貼ってただけか。
　そういえば、さっき何か拾ってたっけ。
　てか、今、この状態で貼らなくて良くね？

　おかしな緊張が解けて正面に向き直ると、オレは今度こそフリーズした。状況を把握するのに時間をかける。唇に当たるこの感触は何だ。どうしてこんなことになってる？頭フル回転させても答えなんてあるはずもなく。

「…じがや…」

名前を呟くのが精一杯だった。