- ページ8
冷たい鉄に肘をついて、河村の方を見る。照れてるのか、こっちなんて全然向いてくれないんだから。
「無理だよ。Aの腕は良くたって、元の素材がダメだから」
「バカだなぁ。別にどこかのお偉いさんに審査してもらおうって言ってるんじゃないの。私の中での話」
東京なんて私の知らない土地に単身で行かないで欲しい。河村の良さはどうしたって私だけが知っていれば良い。私の中の世界一であれば、それで。
相も変わらずこっちを見てくれないけれど、私は冗談じゃなくって、本当に心配なんだよ。
「それはいつだって世界一でいて欲しいけどな」
私の中ではとっくに世界一だよ。けれど、未来を見据えている河村の中では私は何番目なの？綺麗事を言わない彼を好きになったと言われれば、何も言えないけれど。少しは悲しんで欲しいよ。
「…離れたら、ダメになるよ」
本日、彼の前での二度目の本音だった。流したくもない涙が頬を伝って鉄の手摺に落ちる。嫌だなぁ、これじゃあまるで凄く面倒臭い女。頑張ってね、と笑顔で見送れば100点満点なのに。
涙が私の顔を映している。酷くボロボロで、最後くらい綺麗な私で、と精一杯可愛くしたのにな。
拭いても拭いても涙は止まらなくて俯いた時。何かが私を包む感覚がした。
「一生会えない訳じゃないから。泣かないでよ」
顔を上げるとすぐ隣には彼がいて、私を包んだのは彼のお気に入りのコートだった。コートから感じる温もりを、もう味わうことは当分無いのだなと思うと、尚更涙が止まらなくなる。
震える肩を、彼が不器用に抱いた。
「涙で、汚れちゃう」
冬は毎日このコートを着てくるぐらいには、彼のお気に入りのコートだった。だからそんなコートを汚してしまうわけにはいかなくて、脱ごうとした私を彼が止める。
「良いよ。たくさん泣いて、たくさんAの思い出を残して。そうしたらそれを持って上京するから」
下手くそな手つきで私の涙を河村が拭う。その不器用さが愛おしくて、優しさが暖かくて。満点の星空の中、彼だけが輝いて見えたあの時。
「…かわいい女の子に目移りしないでね」
「しないよ。大丈夫」
「私に飽きないでね」
「まだ知らないところが山程ある
彼は壊れ物を扱うかのように、優しく優しく、髪を撫でる。ねぇ、お願いアルタイル。遠く離れていたって、隣で瞬いているのは私がいいの。
「一人前のヘアメイクさんに、絶対になるから」
「待ってるよ。ずっと」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 126人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
豆大福(プロフ) - akariさん» 気付いて頂けて嬉しいです。あのお話のモチーフにさせて頂きました〜！これからも少しだけ要素は取り入れるので、引き続き読んでいただければ幸いです！ (2021年1月14日 16時) (
レス) id: 1465863246 (このIDを非表示/違反報告)
akari(プロフ) - コメント失礼します。違ってたら申し訳ないんですけど、アラシックの方ですか？？台風ジェネレーション、いい曲ですよね。大好きなんです！！ (2021年1月11日 23時) (レス) id: dcff645a31 (このIDを非表示/違反報告)
豆大福(プロフ) - *ゆ う*さん» たくさんの嬉しいお言葉ありがとうございます。そう思って頂けたら良いなと思いつつ書いたので、伝わって良かったです〜！これからもどうぞお楽しみください…！ (2021年1月9日 10時) (レス) id: 1465863246 (このIDを非表示/違反報告)
*ゆ う*(プロフ) - 最初から胸が締めつけられるいい感じの切なさで好きです。これからの二人の関係の進展も気になるところです。甘いのも良いですがちょっぴり切ない物語もいいなぁと思わせてくれる作品ですね！お気に入り登録したので更新楽しみにしています！ (2021年1月7日 20時) (レス) id: a6ab41580b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：豆大福 | 作成日時：2021年1月7日 19時
