幼馴染からその先へ【双星の陰陽師】

第二十九話 ページ41

彼女は、かなりの鈍感だった。おかしいほど、鈍感だったのだ。
笑っていれば楽しい。泣いていれば悲しい。怒鳴っていれば怒っている。
そうとしか感じられない。だからこそ、Aはそれに気が付かなかった。笑っていれば楽しい。だから、だから、いじめっ子が笑っていれば楽しいと、本気で思っていたのだ。
未だ髪に絡まっている消しかすを、手で払う。
「馬鹿だな本当」
小さく呟き、ふぅっと溜息をつく。子守というのも、案外楽じゃないらしい。
不思議そうに美玖の顔を覗いてくるAの額を軽く指で弾く。
「〜〜っ！痛いです、美玖様！」
もう美玖様なんて知りません、とすっかり拗ねてしまった。
そこで一つ、遊んでみようと思った美玖は、妖しく笑いながら弟子に言う。
「へぇ…それなら、大陰の式神も見せらんねぇなぁ。しょうがねぇよな？Aは、ワシのこと知らねぇもんなぁ？あーあ」
わざと大きな声で言うと、捨てられた仔犬のような顔になった。
流石に、ちょっとばかり良心が痛む。とはならず、それが面白くて、更に悪戯に言ってみた。
「大事な大事な愛弟子が、一人いなくなっちまうのか。寂しいなぁ。きっと、桜も楽しみにしているのになぁ」
「桜？美玖様、桜とは誰ですか！？」
しまった。うっかり余計な事まで言ってしまった。まだ言わないようにしようと思っていたのに、まさかこんなときに言うとは。思いもしなかった。
「美玖様！教えて下さい！誰なのですか！はっ！まさか、美玖様の新たな想い人ですか！」
キラキラと目を輝かせながら想像を膨らませる弟子の頭を叩く。いかんせん、この子はちょっとばかし妄想癖がある。想い人だなんて、そんな訳ない。
(想い人っつったら、桜じゃなくて、椿ーーって、何言ってんだ！もう！)
一人赤面している師匠を見て確信したらしく、口をだらしなく開けて、涙を流している。
「美玖様ぁぁぁ！嫌ですぅ！！行かないで下さいよぉぉ！」
「ったく！マジ五月蝿い！マジしつこい！離れろ馬鹿が」
「そんな御無体なぁぁぁ！！」
「やめろーー！！」
ぎゃーぎゃー騒いでいると、なんだなんだと見物客が集まってくる。
見物客は揃いも揃って、�茲が緩みきっていた。それも当然、姉妹のような風貌の少女と女性が睦み合っているものだから、自然と口角も上がるのだ。可愛らしい攻防は、Aの体力切れによって幕を閉じた。
「早く着替えて来い。気が変わった。今日は実技をするぞ」
大陰でな、と付け加え、悪戯に微笑んでみせた。

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