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「私、恋人なんていないわよ?」
低く、警戒し、わからないとでも言いたげな声だった。
最初は彼女が逃げるために嘘を言っているのかとも思った。しかしその眼は先程のまま、嘘をついているにはあまりにも力強く僕を見据えていた。
しばらく硬直状態が続いて、次に彼女が口を開いた。
「ねぇ、その人、どんな人だった?」
「身長は170前半くらいで細身、30代前半でメガネをかけていました」
「……もしかしてこの男だったりする?」
彼女の鞄からスマートフォンを取り出して1枚画像を表示して僕に見せる。そこには今よりほんの少し若い依頼者の男性が写っていた。その写真はまるで被疑者を撮った写真のように真面目な顔で上半身だけが写っている。
「その人です」
そう答えると顔を歪めて舌打ちを零し、もう1台スマートフォンをそそくさと取り出してどこかに電話を掛けている。どうしたのだろうか。その様子を黙って見つめた。
「もしもし、私。ちょっと!巫山戯てる場合じゃないから!あ、いたのね、一緒にいるヤツひっぱたいといて。そんなことより!あいつ、やっぱり注意じゃ聞かなかったのよ!後はよろしく!」
相手が電話に出ふと捲し立てて一方的に切ったようだ。この会話の内容…。
「まさか…」
そう小さく呟いた言葉に彼女がサラリとその濡烏の髪を揺らして答える。
「私のストーカーよ」
「やっぱり…警察から注意はされてるんですね?」
「えぇ、そう。それでも聞かなかったってことは懲役か罰金ね」
本当に危ない所だった。もしも僕が彼女の情報を渡していたら、このことに気付かなかったら彼女は何かされていたかもしれない。そう思うと一市民の安全を守れたことに警察としてほっと胸を撫で下ろした。
「それで、どうする?」
彼女が僕の眼を見て妖しく笑った。どういうことか訳が分からないでいると僕の襟元を掴んで引き寄せる。そのままキスしてしまいそうな距離に思わず心臓が跳ねる。
「ここでやる事といったら?」
そう言って僕の目の前で不敵に笑っていた。
結局唇は重ねなかった、唇は。
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作者名:珠々菜 | 作成日時:2018年9月3日 22時