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『じゃあ、いってくるね。』


「おう。イヤホンの音量はほどほどにな。」


『わかっていますー。』





バイバイと手を振って、一足先に駅を降りた私は、
電車が見えなくなるまでもう少し先の男子校に向かう風磨を見送る。






電車が通り過ぎると、いつもと同じようにイヤホンを付けて学校へと足を進める。






イヤホンを付けていると、心地が良い。

耳に入ってくるのは私の好きなリズムとメロディと歌詞。

こんな私でも受け入れてくれる気持ちになるこの小さな機械は、私にとって魔法のようなもの。






『おはようございます。』

「おはよう。今日も綺麗だね、お嬢ちゃん。」






通学路でランニングをするおばさんに挨拶をすると、そう返される。

おばさんの表情と言葉から、よく会う人なんだと認識した。




ランニングをよくする人でピンクの特徴的なジャージを着ているのは、この前犬の散歩をしていた人だ。




そうわかったときには、おばさんはもう見えなくなっていた。






毎日の風景。

すれ違う人もきっとだいたい同じ人。


そのはずなんだけど、

私にとっては毎日初めましてになる。






だから、瞬時にうまく言葉を返せない。

考えたら思い出すけど、それまでに時間がかかるから、深く人と関わることができない。






ふぅとため息をつくと、ふっと昨日のことを思い出した。






そして、少し心が痛む。





風磨を責めているわけじゃない。

でも、あと少しだけ、彼とちゃんと話がしたかった。






相貌失認という自分の症状を受け入れてから何年も経つけど、

私と違って周りからはなかなか受け入れられない。






人にとって当たり前のことが私にはできないことが多いから。

特にそれが幼ければ幼いほど、

当たりは強く、冷たく、そして、心に残るものとなってしまう。







あの日、私に自己紹介をしてくれた彼。






“ 2年5組、中島健人です。”






顔はモザイクがかかったみたいに、
ぼやってしてどんな顔がわからないけど、





あの時の彼の笑った時の雰囲気は鮮明に覚えている。





きっと今まで何回かクラスで話しかけてくれたのは彼だろう。


その度に私は冷たい態度を取っていたのに、

それでも彼は、「仲良くしてください」そう言ってくれた。






ただ、単純に、嬉しかった。






初めてだったから。






こんな無表情で、冷たくて、一匹狼の私に、


あんな向日葵みたいな笑顔で、話しかけてくれた人は。

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作者名:舞子 x他2人 | 作成日時:2018年1月1日 18時

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