最年少幹部部下となりました ３冊目

苦労の記録１４０ ページ43

少女──【銀】は逃走対策役だった。
　誘拐した男に予め仕事を頼まれていた。こうした報奨のある仕事はスラムでは貴重だ、それもこんな少女でも任せてくれるものなら尚更。ここで夏希をみすみす逃がせば、報酬どころか、銀の首が飛ぶかもしれない。銀は夏希を行かせまいと必死だった。
夏希もただでは逃がしてくれないだろうと悟る。


『……悪いけど、邪魔するなら容赦しないわ』


気丈に振る舞おうとしたが、声は頼りなく震え、睨んだ目も涙で潤んでいる。夏希は恐怖に駆られて、回らない頭と震える手で素早く銃を構えた。
見張りの男を殺した時点でとうに躊躇いの一線は超えていた。脅しではなく、本気で銀のことを殺す目だった。
しかしなんの交渉もなく殺すのは非人道的かもしれないとすれすれの理性が訴えたため、最低限の忠告をした。


『これが最後よ。退く気はないの？』

『……行かせないと、そう言った』

『そう、残念だわ、ごめんなさい』

『！まっ、』



銀の待って、の言葉を聞かずに、夏希は銃の引き金を引いた。

ドンと１発、ここでは珍しくもない銃声がまたスラムに響く。
そして銃声と同時に、夏希は手から銃を落とした。目を見開いて銀の顔を見れば、銀の視線が後ろにいっていることに気づく。

やられた。
夏希がそう思った瞬間、夏希の横腹から一拍遅れて血が流れ出した。


『ッァアア゛！！』

『…………』

痛みに悶えて後ろを振り返れば、銀と同じく痩せぎすのみすぼらしい少年──芥川が、夏希のすぐ後ろに立っていた。
手には何も持っていないのに、どうやって夏希の腹を切ったのか。異能力も知らない夏希には分からなかったが、銀の仲間であろうことは分かった。

先程の銀の『待て』は、夏希ではなく、夏希を殺そうとする芥川に向けられたものだった。妹の銀が撃たれる寸前の状況を目撃した芥川は、夏希の横腹を異能力で押して銃弾の軌道を逸らしたのだ。
芥川にとって、妹を殺そうとする夏希を殺すのは当然のことだった。

『見張りの男が死んでいた。仕事は無しだ、生かす必要は無い』

最初に失態をしたのは見張りの男だから、罪はそいつに擦り付ければ依頼人からの危害はない。無感情にそう話した芥川は、銀の元へ歩み寄った。


『ゲボっ、ひゅ、……、』


胃から逆流した血が喉に溜まり、びちゃびちゃと吐血しながら、夏希は地面に倒れた。その様子を一瞥して、芥川と銀はどこかへと去ってしまった。


そのすぐあとに、夏希は物言わぬ死体となった。

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