マフラータオルのひと* ページ36
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彼と手を重ねたあの日。
その翌日は早朝のみの奉仕で、私の1週間の助勤は終了した。
大学時代から6年間関東で暮らしていたわたしは、2年ほど前に体調を悪くした母親が心配で、実家の餅屋を手伝う為に帰省していた。
帰省している間は、小さなゲームメーカーの経理の契約社員として勤めていた。
助勤が終了したあとのことは何も考えていなくて。
もうこのまま実家にいようかななんて、ぼんやりと考えていた。
そんなときに体調が良くなった母が「一度きりの人生なんだから、好きな場所で好きなことを目一杯楽しんだらいい」と言ってくれた。
母の言葉に背中を押され、なにも明確じゃないのに、次の週には大学時代の知り合いのいる埼玉まで来ていた。
このイベントスタッフの仕事も、大学時代にやっていた。
仕事がないまま埼玉にその身一つで来たわたしに、仕事を与えてくれた。
さらには部屋まで。
その知人には、頭があがらないや‥。
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『キョ、ヒョ‥‥キュヒョンさんのマフラータオル、売り切れでーす!!!』
大きい声を出すのは苦手だけど、せっかく与えて貰った仕事。
精一杯声を張り上げてみるけど、盛大に噛んでしまった。
うぅ、韓国アイドルの名前むずかしい‥
キュヒョン、キュヒョン、と何度も売り切れになったマフラータオルにプリントされる彼の名前を、口をパクパクさせながら唱える。
中々名前と顔が一致しないけど、このマフラータオルの彼の目元はなんだか‥京都で出会った彼に、すこし似ている‥。
初恋‥だったのかもしれない。
なんて今となっては淡い思い出になりつつある、もう会えない彼を思い浮かべながら、見本品のマフラータオルをうっとりと眺めて、再びマフラータオル売り切れの旨をファンの人に伝える。
物販列も少なくなったので、次は化粧室の誘導を手伝うように言われた。
物販コーナーの裏を回ってロビーを出ようとしたとき、後ろから手首を力いっぱい掴まれる。
『ちょっと来て。』と言われ、ロビーから死角になっているスペースまで引っ張られ、両腕を掴んで向かい合うようにくるっと回して座らされた。
積み重ねられた椅子に隠れて向き合ったその男性は‥なんと信じがたいことに‥‥マフラータオルが売り切れるほど人気のあるスーパージュニアの"キュヒョンさん"だった。
『マフラータオルのひと、本物だ‥』
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作成日時:2020年5月20日 19時