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目の前の田中くんの笑顔に、唐突に頭に浮かんだ彼との唯一の思い出。
挨拶や必要最低限の会話は交わしていたのかもしれないけど、多分まともに話したのはその記憶が最初で最後だ。
「……田中くん、私の事よく覚えてたね」
「逆にすぐ気付いてもらえなくてちょっと悲しい」
「ごめんなさい。でも田中くんとそんなに話した記憶ないもん」
「……マジで言ってる？」
田中くんは驚愕だと言わんばかりの顔を浮かべて、大きめの溜息を吐き出した。
何か悪い事でも言ってしまったんだろうか。
でも、いつも賑やかしくクラスの中心にいた田中くんと、かたや自分の席でひたすら本を読んでいた私が交わる事なんてほとんどなかったはずだ。
「俺けっこう話し掛けてたつもりだったんだけど」
「……そうだっけ？」
「ほんと眼中になかったんだ。マジで泣けるわ」
「え？え？なんかごめん」
「まぁいいや。今日は1人？」
「いや、会社の先輩と…」
言われてキョロキョロとフロアを見渡す。
遠くに誰かと話している先輩の姿を見つけて田中くんに教えると、"ふーん"と彼は私に視線を戻して。
辺りをチラチラ確認して。
「先輩誘ってここ抜けて飲み行かね？この後誰かに誘われてるなんて事ないべ？」
と割と失礼な事を口にした。
確かにずっと黙々と料理を摘んでいたし、誰とも交流してませんけど。
急な誘いに戸惑っていると、彼は勝手にそれを是としたようで"ちょっと待ってて"と先程までいた輪の中へ小走りで向かった。
程なくして、これまた綺麗な顔した男の人を引っ張りながら田中くんが戻って来た。
こっちの人も一応スーツは着てるけど、髪の毛が金色だ。
「急にいなくなったと思ったらいきなり何？てか誰？」
「高校の時同クラだった子」
「あ、松村Aです」
「……松村？」
「そー。"松村さん"だけど、きょも何にも言わないで」
田中くんに"きょも"と呼ばれた綺麗なその人は、一瞬驚いた顔をした後に、私の上から下までに視線を動かした。
それから"へぇ"と小さく漏らして、ニヤニヤと口元を緩めた。
「樹、凄いね」
「そーなの」
「で？それでなんで俺のこと呼んだの？」
「いや、ここ抜けて飲み行かないかと思って」
「あぁそういう事？別に良いよ」
正直まだ行くとは言っていないけど、田中くんの中ではもう行く事になってるんだろう。
2人で勝手に話を進めている。
今更拒否権はなさそうだ。
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作者名：メロン | 作成日時：2023年6月4日 20時
