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人見知りの私からすれば、新しい美容室なんてちょっとした苦行だったりする。
慣れない人にマンツーマンで接客されるのはどうにも苦手で、結局行き慣れた店に行くわけだけど。
田中くんは少し慣れたから大丈夫だと思ってたけど考えが甘かった。
仕事モードの田中くんは会話しながら楽しそうに笑っているものの、時折凄く真剣な顔をする。
こんな顔もするんだ、と簡単に胸がドキリとしてしまって。
鏡越しのその顔に目が逸らせなくなる。
じっとその姿を目で追いかけていると、"めっちゃ見るじゃん"と笑う田中くんとまた目が合った。
「ねー松村さん今日この後なんか予定ある？」
「ないよ。帰るだけ」
「あ、そう？じゃあ一緒に帰ろ？」
「……え？」
「終わる頃ちょうど閉店だし、片付けとかあるからちょっと待たせちゃうけど」
「……でも山田さんいるから」
「んー？なんで？ダメなの？」
手を動かしながら漏らした田中くんの少し甘えたような声に悩んでいると。
会話が聞こえたのか隣から"私は全然大丈夫ー！"と割って入った山田さんの言葉に、断る理由を完全に失った。
「だって。じゃあ店の前にカフェあるからそこで待ってて」
「…ずっと思ってたけど、田中くんて結構強引だよね」
「そ？まぁ松村さんはこれくらいで行かないと素っ気ないっていうのは高校の時に学習済みだし？」
「素っ気ないんじゃなくて、」
「恐れ多くねーからな」
続きを奪い取った田中くんの得意気な顔にさえ、反応してしまう。
最早これが正常なんじゃないかと思うほど、早足の心臓はいつまでも治まってはくれなかった。
「ヤバい。可愛い。マージーで、可愛い」
少しだけ明るくなって、整える程度に切られた髪は田中くんが綺麗に巻いてくれて。
鏡の中の別人のような自分に驚く私に、田中くんがさっきから"可愛い"を連発する。
いい加減にして欲しい。
「…もう良いから」
「はい照れた。はいかぁいい」
田中くんの声に周りのスタッフさんの視線が刺さる。
新手の嫌がらせとしか思えないけど、自分でも耳まで真っ赤なのがわかる。
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作者名：メロン | 作成日時：2023年6月4日 20時
