故意じゃないほうがいい (ページ3)

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彼は自分のことをあまりおおっぴらに話さない人間だった。
それでも居酒屋の常連客のわたし、とバイトの彼。
わたしが常連客だと知り、おばちゃんとも仲が良いと知ると彼は少しずつだけど私に話をしてくれることが増えてきた。

たとえば、学生時代の話とか、どういうものが好きたのだとか、どうしてここに越してきたのだとか、彼はいくつで、何をしているのだろうか、とか趣味だとか、夢だとか、そういう未来の話だとか。彼以外とだったら退屈な話も彼とならばいつまでも聞いていたいと思ったし、話したいと思っていた。

同い年くらいだと思っていた彼は私より５つ歳上の社会人だった。
同い年だとおもっていたからそれまでタメ口で喋っていたわたしは焦った。それで敬語に切り替えるとこれまでで一番のものすごい剣幕でなぜがやめろと止めてきた。
そのことに、嬉しさを感じたわたしはきっと彼が大好きだった。

そのうち外で遊んで、飲んで、そういうことをする。それがあたりまえになった
彼はそれをどういうつもりでしていたのかは今でもわからないけど、私にはそれが「デート」だと思えて仕方なかった。彼には微塵もそんな気持ちがなかったとしても、私の中だけではそう思っておきたかった。そしてそれを全然なんともないフリをして過ごすのが好きだった。

５回目の遊びで、彼は言った。

「なあ、Aってさ芸人好きやったりせん？」

「すっごい詳しいってわけじゃないけど好きだよ。高校のときは、けっこうハマってた時期もあったな」

でもどうして急に？そう言った私に彼は一枚のチケットを差し出した。『さらば青春の光』という文字が私の目を掠める。印刷された中に、彼がいた。

「おれ、芸人やっとる」

それは、彼なりの前置きだったのかもしれない。

芸人やっとる、と言った彼に感化されるようにわたしはまたお笑いを見るようになった。
高校生の頃は、頻繁に劇場にまで通うほどのお笑い好きだったけれど受験生になり足が遠のいたのと同時にそれきりだった。

久しぶりに触れるお笑いの文化は楽しくて面白くて懐かしかった。でも高校生のときと違うのは好き、に少し打算があることだから。
感化されるようにかれの憧れを趣味にしたのは少しでもかれの気持ちに近づきたかったから。好きな人の好きなものは好きなものでありたいと思うから。

彼の出演する舞台にも何度か足を運んだ。そこで見る彼はいつものあの彼とは違って、いつもの彼を芸人の彼が超える瞬間だった